日本にシリコンバレーのような街はまだない。それでも、最新テクノロジーを駆使したサービスや、思いもよらない斬新なアイデアで、会社を立ち上げる人がいる。

多種多様なスタートアップが生まれる中で、最もすばらしいイノベーションを起こす企業はどこだろう――。

企業規模だけでは勝負できない時代になったことで、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家に加えて、競争力を手に入れたい大企業も、そんなことを考えているのではないだろうか。

「魅力的なスタートアップはどこか」という問いに、1つの答えを提示してくれるのが、2017年から開催されている「スタートアップワールドカップ」だ。この大会は、世界40カ国以上のスタートアップから最も優れた1社を決めるという、Fenox Venture Capital主催のグローバルビジネスコンテスト。2018年10月5日に、2019年にサンフランシスコで行われる世界大会の日本予選が行われた。

予選では、応募のあった150社以上のスタートアップのうち、書類選考を通過した10社の精鋭たちがステージ上でプレゼンテーションを実施。事業化の経緯やビジネスプラン、プレゼンテーションの出来などに加え、SNSによる一般ユーザーからの投稿によって点数を導き出し、最も高かった1社が世界大会への切符を手にする。今回は、世界大会に進む日本代表を決めるだけでなく、スポンサーのサントリー、セガサミーホールディングスからそれぞれの企業賞も贈られた。

まずは、日本予選のファイナルに進出した10社を簡単に紹介しよう。以下、セリフは各社プレゼンテーターのものである。

ツールや言語の壁を超えたコミュニケーションを実現する「Kotozna Chat」

トップバッターを務めたのは、Kotoznaだ。同社が提供している「Kotozna Chat」は、QRコードを読み取ることで多言語のコミュニケーションを促進するチャット翻訳サービス。LINEとWeChatなど、異なるSNSのやり取りでもリアルタイムの翻訳が可能だ。

プレゼンテーションでは「国際コミュニケーションで最も大きな問題は言葉の壁。また、近年メッセージングのプラットフォームが存在しますが、個々のシステムが孤立していることも問題です」とグローバルなコミュニケーションにおける課題を提示し、自社のサービスを紹介した。

独自の技術で古着から質の高いポリエステルを生み出す

続いて登場したのは日本環境設計(JEPLAN)。古着からポリエステルを生成する技術でサービスを提供している。一般的な熱によって溶かすリサイクル方法とは異なり、ポリエステルを分子レベルまで分解してから不純物を取り除くことで、質の高いポリエステル繊維を生み出すことができるという。

「私たちが日々着ている洋服は、ポリエステルからできています。そのため、服を捨てることは、石油の廃棄と同義。エネルギーになるはずのものが、何万トンというゴミになっているのです。繊維業界の市場は大きいのですが、リサイクル技術は発達していません。そこで我々は、衣服から衣服を生み出す技術を開発しました」と、ビジネスの意義をプレゼンテーションで述べた。

ブライダルSNSのリファラル集客で、粗利重視から品質重視の挙式へ

結婚情報ソーシャルニュースアプリを提供するオリジナルライフ。国民生活センターには、「見積りから100万円以上も高い結婚式費用がかかった」「挙式プランの条件が人によって大きく異なる」といった結婚式に関するクレームが年間で1600件以上届くといわれており、同社はそのトラブルを回避できるよう、挙式の準備状況に合わせてパーソナライズ化された情報が届くサービスを開始した。

発表の中では「我々は、先輩花嫁が後輩花嫁に結婚式場を紹介する“リファラル集客”のプラットフォームを提供しています。従来、広告で顧客獲得を行っていた式場は高い粗利を求めていましたが、リファラルで集客するようになれば、多くの推薦を得るために良い結婚式を実現するようになるでしょう」と、同社のビジネスによってもたらされる効果をアピールした。

農業フランチャイズ「LEAP」を進めるアグリベンチャー

seakは農業プラットフォーム「LEAP」を運営しているスタートアップだ。同プラットフォームでは、農地の開拓から施設の構築、栽培技術の提供、販路の確保、資金の斡旋までをパッケージで提供。フランチャイズモデルで、契約者(フランチャイジー)はパッケージに対する原価と15%の手数料を支払う仕組みだ。

プレゼンテーションでは「LEAPでは土を袋に入れて苗を植える『袋栽培』という独自の栽培体系を用いており、従来の2.4倍の収穫が可能です。また、我々の持っている調達プロセスで、一般的な見積りと比べて約45%のコストカットにも成功しました。すでに収益性は確認できており、高島屋などのデパートも私たちの野菜を取り扱ってくださっています」と、袋栽培のサンプルを提示しながら、効果や実績などを説明した。

ディズニーのコラボとエンタメ性で学ぶ体験を高める

中高生向けの教育プログラムを開発・運営しているLife is Techは、ウォルト・ディズニー・ジャパンと協力して「テクノロジア魔法学校」というプログラミング学習教材を開発。用意された100時間以上のカリキュラムについて、4カ国語で学習することができる。

プレゼンテーションでは「コーディングのエデュケーションに関してはさまざまな問題があります。収入レベルの差や地域の差を埋めるためにはオンラインの教育が不可欠ですが、現状は効果があまり高くありません。そこで、テクノロジア魔法学校では、スクウェア・エニックスの元CTOに開発ディレクターを担当してもらいました。エンターテインメントは学ぶという体験を高めるうえで非常に重要です」と、教材の学習率を高める工夫を紹介した。

スペースエージェントが提供する“投資の成功体験”

続いて登場したのが、民泊運営物件ポータルサイト「民泊物件.com」や、不動産投資アプリ「収益物件.com」を運営しているスペースエージェントだ。

「日本では現在820万件の空き家があります。その原因は、人口減少と利益重視の不動産業界の体質、そしてアセットマネジメントの教育が日本で行われていないことにあるのではないでしょうか」と空き家が多く存在する理由を分析し、「私たちは物件情報を提供するだけでなく、スコアリングシステムを提供することで不動産投資の成功体験を提供できます」と、自社の強みを語った。

海外から優秀な人材を集めるAI-OCRベンチャー

識字認証AIサービスによって日本からムダな業務を排除しようと試みるCinnamonは、AI-OCRソリューション「Flax Scanner」を提供している。請求書のように、取引先ごとでレイアウトの異なる非定型帳票でも、学習によって自動で読み取ることができるサービスだ。

「我々の強みは人的資源。すでに経験豊富なAIのプロフェッショナルであるメンバーが集まっているだけでなく、ベトナムや台湾といった海外からも優秀な人材を積極的に採用しています」と、会社のストロングポイントを述べるとともに、「日本には紙の資料が多く残っていることもあり、ポテンシャルは非常に大きいと感じています」と、ビジネスの可能性を示した。

これからは空気を選ぶ時代。エアロシールドで無菌の空間を

エネフォレストは、紫外線殺菌装置「エアロシールド」を提供している。同製品はティッシュボックスほどの大きさの装置で、紫外線によって空気中のウイルスを殺菌することが可能だ。クライアントは人が集まる場所すべてが対象。デパートや鉄道インフラ、学校やオフィスなども含まれる。

プレゼンテーションでは「風邪とは200種類以上のウイルスなどの総称。そう考えれば、みなさんも何らかの形で感染症にかかったことがあるのではないでしょうか。感染症は同じ空間を共有しただけで、空気感染を引き起こしてしまう可能性があります。それを防ぐために我々は『エアロシールド』を開発しました。これからは空気を選ぶ時代になるでしょう」と開発の背景や製品の効果を述べた。

ソニーとZMPのジョイントベンチャーがドローン事業に参入

ドローン(UAV)を使った空撮測量を実施するAerosenseは、ソニーとZMPのジョイントベンチャー。ソニーのセンシングロボティクス技術と、ZMPの自動運転技術を活用して、企業向けのソリューションを提供している。ドローンの飛行からデータ処理まですべて自動で行うので、オペレーションは簡単。システムソリューションとして提供することもできるという。

プレゼンテーションでは「例えば、除染土壌のカバーシート点検などは手間がかかるだけでなく、健康の被害を受ける可能性がありますが、ドローンを使うことでそのリスクを回避することができます。また、もともと6週間かかっていた90haの測量を、わずか1週間で完了するという効率化にも成功しました」と事例を交えながら、メリットを訴求した。

セキュリティでコネクテッドカーを守る「Trillium Secure」

最後はTrillium Secureの発表だ。コネクテッドカーやIoT接続機器をハッキングから守るセキュリティサービスを提供している。

プレゼンテーションでは「古い車はすべてハッキングされる可能性があります。しかし、新しいからといって安全だとは思わないでください。多層的なセキュリティプラットフォームを実現することが大事です。Trilliumは車両や航空機などの運輸システムをセキュアにすると同時に、サイバー攻撃からネットワークを守ります」と、自動車の安全性の大事さを強調した。

世界大会への切符を手にしたスタートアップは?

10社のプレゼンは非常に緊張感ある中で行われた。世界大会であるため、もちろん発表はすべて英語。プレゼンテーションも質疑応答も時間にはシビアで、話し中だろうが質問中だろうが、時間になったら強制終了という印象だった。

審査員を務めたメンバー。写真左の左側から順に、Plug and Play Japan Managing Partnerのフィリップ 誠慈 ヴィンセント氏、We Work Japan CEO クリス ヒル氏、内閣府 科学技術・イノベーション担当の石井芳明氏、アステリア 代表取締役社長/CEOの平野洋一郎氏、日本マイクロソフト 業務執行役員 マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 サイバークライムセンター 日本サテライト責任者の澤円氏、ZUU 代表取締役の冨田和成氏、ボードウォーク・キャピタル 代表取締役社長の那珂通雅氏、デロイトトーマツベンチャーサポート 事業統括本部長の斎藤祐馬氏

そんな雰囲気の中、いよいよ受賞者発表の瞬間が訪れた。

まずはサントリー賞だ。受賞企業には、サントリーと事業提携のための面談機会が提供されるという。

みごとサントリーのハートをつかんだのは、Kotozna。サントリーとチャットサービスの連携と言われてもピンとこないが、サポートセンターや問い合わせの窓口を多言語化するといった連携があるかもしれない。広報にバーチャルYouTuberを起用したり、ブロガー向け工場見学を実施したりと、何かと新しいことにチャレンジするサントリー。おもしろい化学反応が起きることに期待したい。

次に発表されたのが、セガサミーグループ賞。特別投資賞金5000万円を勝ち取ったのは、Life is Techだ。セガサミーグループといえば、エンタメの企業。スタートアップへの投資は、将来のエンタメの種を見つけるために行っているという。プログラミング学習教材の開発ディレクターにゲームメーカー出身者を採用するなど、Life is Techの「学習×エンタメ」という考え方に共感したのだろうか。

ちなみに、大崎にできたセガサミーの新しいオフィスでは、コワーキングスペースを設けるなど、イノベーションの創出にも力を入れている。2018年10月16日には、今回スタートアップワールドカップを開催しているFenox VCと約22億円のファンドを締結した。世界規模でのイノベーションが活発になりそうだ。

そして、スタートアップ日本代表の発表である。

150社以上の中から、みごと日本一の座に輝いたのは、古着からポリエステルを生成する日本環境設計(JEPLAN)だ。2019年5月にサンフランシスコで開催される決勝大会への切符を手にした。

並みいる強豪を抑え、日本代表のスタートアップとなった日本環境設計。だが、もちろんこれで終わりではない。決勝大会では世界40以上の国と地域の精鋭スタートアップたちが待ち構えている。まさに、「彼らの本当の戦いはこれから」だろう。

(安川幸利)