冷暖房に囲まれて暮らしている私たちとは違って、野の生き物たちは気温の変化に敏感だ。地球温暖化で気温が上がれば、昆虫たちの暮らしも変わる。寒い北の冬をこれまで越せなかった南の昆虫たちも、その生息域を北に広げている。国内で有名なところでは、南方系のチョウであるナガサキアゲハ。蚊の仲間のヒトスジシマカ。南方のセミだったはずのクマゼミは大阪ではもうメジャーだし、関東で声を聞くことも珍しくなくなった。

  • alt

    写真 小型のコオロギ「シバスズ」(松田さんら研究グループ提供)

では、そこにもともといた昆虫の生活にも、地球温暖化の影響は出ているのだろうか。その珍しい実例を、京都大学博士課程の松田直樹(まつだ なおき)さん、沼田英治(ぬまた ひではる)教授らの研究グループがみつけた。夏のあいだに卵を産んでその子がすぐに育つ「年に2世代」のコオロギが、同じ種類だが「年に1世代」のコオロギが暮らす北方に分布を広げているのだ。

松田さんらが注目したのは、ほぼ日本全国に分布している「シバスズ」というコオロギの仲間だ。シバスズは、日本の南半分では「年に2世代」、北半分では「年に1世代」の生活をしている。松田さんらが2015~2017年の8~10月に行った全国調査によると、シバスズの体の大きさは、九州などの南のシバスズのほうが、たとえば関東のあたりより大きかった。成長に適した暖かい期間が南のほうが長いからだ。つまり、この範囲では、北に行くほどシバスズの体は小さくなる。

ところが、関東より北の東北になると、ふたたび体の大きなシバスズが主流になっていた。それは、南のシバスズは「年に2世代」、北のシバスズは「年に1世代」だからだ。南のシバスズは、生まれて成長して卵を産んで死ぬというライフサイクルを、夏から秋にかけて2回こなさなければならない。成長に使える個々の期間が短くなり、どうしても体が小さくなる。だから、南から北に向かって急に体の大きなシバスズが増える緯度は、「年に2世代」から「年に1世代」へのちょうど変わり目になっていると考えらえる。その変わり目の緯度は、地球温暖化で移動しているのか。そこがこの研究のポイントだ。

問題は、シバスズの体の大きさに関する過去のデータだ。これがなければ、現在と過去を比較できない。それが、論文としてきちんと残っているのだという。地球温暖化が世界的な問題になるよりはるか昔、1970年代の調査記録だ。調査したのは、故正木信三(まさき しんぞう)弘前大学名誉教授。当時の調査でも、松田さんらと同様の傾向が出ていた。

松田さんらは、この両者を比べた。すると、1970年代には北緯34~39度のあたり、つまり四国から東北中部のあたりにあった「2世代」から「1世代」への変わり目が、今回の調査では北緯36~40度のあたりまで北上していた。この40年ほどで、緯度にして1~2度ほど北にずれたのだ。昔は「年に1世代」のシバスズしか育たなかった北の地域で、「年に2世代」のシバスズが繁殖するようになったらしい。

暖かい地域を好む生き物の分布域が北上すると、北上した原因は気温の上昇にあると考えてしまいやすい。たしかにそういう話はわかりやすいが、ほんとうの原因は別にあるかもしれない。地球温暖化が進めば降水量も変わる。原因は降水量の変化なのかもしれない。気温の観点からはその生き物は北上する必要がなかったのに、えさとなる植物や動物が北上したから、それを追っただけかもしれない。

その点を明らかにするため、松田さんらは気象庁のデータをもとに、シバスズが成長できる暖かい期間の長さを調べた。その結果、最近の北緯36度は、40年前の北緯34度くらいに相当することがわかった。その差は2度。「1世代」と「2世代」の変わり目が北上した緯度幅に、ほぼ一致する。「年に2世代」のシバスズは、やはり気温の上昇で分布を北に広げた可能性が高い。

もしこれが害虫だとすれば、変わり目が通過した地域では、夏から秋にかけての発生回数が、この40年で1回から2回に増えたことになる。発生のタイミングも変わる。デング熱を媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカ。稲などの害虫であるカメムシの仲間。これまでは、地球温暖化の影響を考えるとき、こうした害虫が北に分布を広げることに注意が向いてきた。これからは、今回の研究にみられるような昆虫の「世代」の繰り返しにも目を向けたい。

関連記事

「温暖化被害の軽減を自治体、企業に求める 気候変動適応法が成立」

「ナナフシは鳥に食べられて卵を遠くに運んでもらうのか?」