くるくる丸めると懐中電灯のように光る、不思議な紙。どこか”ひみつ道具”のような製品「PAPER TORCH」が2018年7月より販売を開始した。価格は1万800円(税込)で、紙専門商社の竹尾、東大発ベンチャーのエレファンテック(旧AgIC)、デザインチーム nendoの3社が開発した紙だ。

2017年に、限定50個で販売済みの同製品だが、今回は量産化を実現したという。同製品の開発の経緯や、今後の展望について、竹尾 営業開発部 機能材営業課の三瀬 俊樹氏、エレファンテック 取締役副社長の杉本 雅明氏に話を聞いた。

PAPER TORCH。くるくる丸めると光る不思議な紙だ
竹尾 営業開発部 機能材営業課 三瀬 俊樹氏(左)、エレファンテック 取締役副社長 杉本 雅明氏(右)

PAPER TORCHの仕組み、開発の経緯は?

――まずはPAPER TORCHの仕組みについて教えてください

竹尾 三瀬氏(以下、三瀬) : 同製品は、エレファンテックが技術として持っている導電性の金属インクを、当社で提供している紙に印刷したものです。この市松模様が”回路”としての役割を担っており、紙を丸めることで金属インク同士が接触すると、回路がつながり、ボタン電池からLEDへと電気が流れることで発光する仕組みになっています。

紙上に搭載された7つのLEDチップ
くるくる巻くとLEDに電気が流れて光る。紙を丸めるだけで光が灯るという、不思議な感覚を味わえる商品だ

――通常は筐体などで隠されている基板が前面に出ているのが特徴的ですね。何も聞かされていなければ、紙に印刷された市松模様が回路の役割を担うとは思いません。この製品の開発に至った経緯を教えてください

三瀬 : DoT.において、「エレファンテックの技術を用いた製品を作る」というプロジェクトが起こり、そこにnendoが加わったところから、開発がスタートしました。

(※DoT.=デザインオフィス nendoをクリエイティブディレクターとして、ソフトバンク コマース&サービスが運営する「+Style」と共同で取り組む、デザイン特化型のIoT商品開発プラットフォーム)

もともと当社とエレファンテックは共同で展示会を行うなど、深い関わりがありました。その中で、nendoから「PAPER TORCH」の原案を提案いただき、協力することになりました。

「限定販売」で見えた”落とし穴”

――そこから開発に至ったというわけですね。今回の量産化に先立ち、2017年には数量限定でPAPER TORCHを販売していました

三瀬 : 2017年に数量限定(50個)で販売しました。当時も量産化を検討していたのですが、体制を整えることが難しく「量産化を待っているようではあまりに時間がかかってしまう」と、数量限定という縛りのもとで販売を開始しました。

――その際のユーザーからの反響はどうでしたか?

三瀬 : DoT.で販売を開始したところ、多くのメディアに取り上げていただいたこともあり、用意していた製品は発売後3週間ほどで売り切れました。新しい技術に興味を持つ方々に購入していただいたと感じております。その後「気付いたら売り切れていた」という声も聞き、手ごたえを感じましたね。

――1年ほどかかって量産体制を整え、ようやく今回の販売に至った訳ですが、以前発表した時から「PAPER TORCH」がどう変化したのか教えてください

三瀬 : 導電性金属インクが剥がれにくくなっていることが変化の1つです。実は、2017年に数量限定販売をした後に、ある購入者から「突然点灯しなくなった」というフィードバックを受け、その後何度も設計を改良しております。

その方には新しい物をすぐにお送りしたのですが、戻ってきた製品を調べてみた結果、一部のインクが剥がれてしまっており、電池からLEDまでの電気が流れなくなっている部分があるとわかりました。

エレファンテック 杉本氏(以下、杉本) : 水や汗で濡れた手で、プリントされた基板を触ると、すぐにインクが剥がれてしまうことが原因でした。これは私達の予想していなかった問題でしたね。量産化を検討している段階であったため、これは早急に解決すべき問題だと感じ、剥がれにくくするために、どうにか基板とインクが強力にくっつくよう、印刷方法を大幅に変更しました。

具体的には、従来は紙の両面に1回ずつ、合計2回の印刷で作っていたところを、裏表2回ずつ、合計4回にわたって印刷をするようにしました。インクと紙の間に”接着層”と呼ばれる透明な層を入れ込むことで、より強力に結びつくようにしました。

――限定販売したことで、問題点に気づくことができたのですね

三瀬 : はい、その意味では限定販売に踏み切ったのは良かったように思います。そのほかにも、従来品と現行品では、回路そのもののデザインを変更したり、3Dプリンターで作成していたボタン電池用のカバーを専用の型で作成したりと、さまざまな改良を施しております。

2017年に限定50個で販売されたもの(左)と、量産化したもの(右)。左で見られるギザギザは電気抵抗の役割を果たしているが、量産版は市松模様の配置を変え、電気が流れる道を長くすることにより、従来品と同様の調光性能を実現した
現行品の回路図

”丈夫さ”より”デザイン性”「壊れても知りませんよ?」

――製品を作るにあたって苦労したことはどのようなことでしょうか

杉本 : 「これまで世の中に存在しなかったものをつくる」という作業だったので、苦労は多くありました。そもそも基板って、通常はあまり表に出るものではないんです。基板を扱っている私達からすると、隠さずに表に出してしまったら、錆びるし、剥がれてしまうのは当たり前なこと。極端な話、紙を折り曲げてしまえば、電気が通らなくなってしまいますからね。

「通常、絶対にやらないこと」をこのPAPER TORCHではいくつもやっているんです。しかしこの製品はnendoがデザインしたもので、”丈夫さ”よりも”デザイン性”や”新たな体験”が求められる、デザインドリブンなものでした。

でもこれって、iPhoneなんかもそうですよね。日本の携帯会社は当時、「落とすと簡単に割れてしまう携帯」がここまで広く、人々に受け入れられるとは考えられなかった。「ポケットに入れていると曲がってしまう」というような、「そんなのありなの?」ということが起こりますからね。しかし、iPhoneの人気は爆発的に広がりました。

これは1つの例ですが、私たちは、一般的な「こうあるべきこと」が、必ず人々が欲しがるものと一致するとは限らないということを体験しているんですよね。言ってみれば、花瓶だって割れるからプラスチックの方がいいか、というとそれだと味が出ない。

今回、nendoがデザインした製品を作るためには、私たちにとっては”やってはいけないことをたくさんやる”必要がありました。だから私たちは、「壊れても知りませんよ?」と言いながら製品の開発に臨んでいましたね。

三瀬 : 竹尾としては、「プリントするための紙」の選定に苦労しました。巻くことで機能する製品なので、何度も巻かれることを前提として、紙を選ぶ必要がありました。

そのためには、柔らかく、かつ巻かれても元の形状に戻る紙を選ぶ必要があります。薄すぎると元の形に戻りにくいし、かといって厚すぎると反発が強い。こういったいくつもの要求を満たす紙を選定するために、まずは私たちが扱っている約9千種類の紙の中から、材質や機能をもとに仮説を立てて100種類の紙を選定しました。

その後、それぞれの紙で実験を行い、試行錯誤を繰り返したのちに、最終的には「ユポ」という、ポリプロピレンを主原料とする合成紙を選びました。この紙は巻き癖がつきにくく、曲げても元の形に戻りやすいという特徴から、選挙のポスターなどにも使われているものです。耐水性もあり、かつ破れにくいため、用途にあった紙を選択できたと考えています。

門外漢だからこそ起こせたイノベーション

――非常に苦労して作られた製品であったようですね

杉本 : 本当に苦労しました。実際に今回、PAPER TORCHを製品化にまでもっていったことは、すごいことだと思っています。製品化を実現するまでには、時間的、技術的なコストが多く存在しましたから。

”基板を表に出す”ということは、本来はあり得ないことであったので、特に私達のように、電気の分野に近い人ほど、こういったチャレンジをすることは恐れてしまいます。安全性については行政にも相談しながら進めましたから、常識的に考えると問題はないのですが。

ただ、「やったことがない」から、そこに入り込むことには躊躇してしまう。一方で、竹尾さんのように、電気の世界から離れている人からしたら、そもそも基板を取り扱う時点ですでに「やったことがないこと」。いい意味で「前提知識が少ない」からこそ、今回のプロジェクトを進めることができたのではないかと思っています。

ーー専門の知識がなかったからこそ、業界のバイアスに囚われず、PAPER TORCHが誕生したんですね

PAPER TORCHが新たな需要を生み出すキッカケに

――今後の展望について教えてください

三瀬 : ひとまずPAPER TORCHは今回のプロジェクトの集大成、1つの完成形だと捉えています。また、今回利用した技術はさらに応用が利くものであると感じています。

紙に電気を流すという試みは、当社の119年の歴史の中で初めてのことでした。私達が扱っている様々なファインペーパーと、エレファンテックの導電性インクが組み合わさることで、今まで誰も作ったことのないものが作れる可能性を秘めていると思います。

PAPER TORCHから見えてきた、”紙と導電性インクの組み合わせ”から広がる可能性が、さまざまな人に伝わり、新たな価値を生む製品が誕生すれば幸いです。

杉本 : 今回の製品から、回路の基材を変化させるという新たな選択肢ができたのかな、と考えています。例えば、ギターのエフェクター。エフェクターって、自作の文化があるんです。基板に自分の名前を書いたり、色を変えたりして遊んでいる人がいるんですが、そこに”材料自体を変える”という発想は、今まで起こり得ませんでした。

基板はそもそも外に見せるものではなくて、機能さえすればよいもの。そのため、基板の色にこだわることって、基本的にはないんです。しかし今回、基板を前面に出す製品を開発したことで、基板を考える上で、従来は見向きもされなかった”質感”という新たなパラメータが関与するようになりました。

竹尾のさまざまな紙の展示を見てみると、同じ白色でも、300銘柄を超える紙の種類があり、質感が違ったり、少々の色の違いがあったりする。もしかすると今後、「もっといい質感の基板が欲しい」といった、新たな欲求が生まれるようになるかもしれません。

今回のように、業界が異なり、関与することのなかった企業が参入することによって、新たな領域が誕生する可能性があるということは、非常に面白いことだと感じています。

――紙や基板には、まだまだ可能性がありそうです。PAPER TORCHの今後、そして今回生まれた技術の今後が楽しみです。ありがとうございました

【製品の概要はコチラから。】

PAPER TORCH 販売ページ(DoT.)

【PAPER TORCH(動画)】

(田中省伍)