新たなコミュニティの形を目指す熊本県「サイハテ村」。約1万坪からなるこの地では、「ルールもリーダーもない、“お好きにどうぞ”な村づくり」というコンセプトのもと、30人ほどの人々が暮らしている。ルールのないコミュニティで、村人はどのように生活をしているのか。彼らの暮らしから見えてくるものとは?
「ルールのないコミュニティ」の正体について聞いた前回の記事に引き続き、サイハテ村の「コミュニティマネージャー」坂井勇貴氏の話をお届けする。
”成功例”の轍を踏まないコミュニティ形成
筆者(以下、田中) : 社会とコミュニティの関係性が徐々に崩れている状況を打開するため、この村では新たなコミュニティの形を模索しているとのことですが、ルールがないということは、集団で生きていくうえで難しいように思います。これまで、学校・会社と、ルールのあるコミュニティでしか生きてこなかったので、想像がつきません。
坂井勇貴氏(以下、坂井) : 実際に、サイハテ村を始める際、長年エコビレッジに携わっていた人から「成功しているコミュニティには共通して、明確なルールがあり、カリスマ的リーダーがいるパターンが多い。その2つを手放してコミュニティを形成するなんて馬鹿げている」と批判されたこともありました。
しかし私たちは、そういった決まり事を無くしたコミュニティは、どう機能していくのか? ということを知りたいのです。決して、正解を見つけたいわけではありません。私たちがしているのは、数年、数十年先の未来を見据えた大規模な実験なんです。
ルールはコミュニケーションを殺しかねない
田中 : 実際に、サイハテでは30名ほどの村民が集まり、国内外から千人を超える人が村を訪れているそうです。坂井さん自身、全国各地でコミュニティ形成についての講演会を行っていらっしゃいますが、ルールがないコミュニティがなぜ存続し続けられるのでしょうか?
坂井 : 実はルールがないことにも、メリットがあるんです。例えば、ある出来事を考えてみましょう。この村に、「週に1度、村の美化作業を行う」というルールがあったとします。そうすると、もしそのルールを破ったときには、その人は罪悪感を感じ、周囲の人は、ルールを守らせるためにその人に罰を与えることになりますよね。
ここで問題となるのは、そこにコミュニケーションが生まれないことです。ルールを破った時点で、その人の言い分は受け入れられないんです。「寝坊してしまって……」と言ったところで、「じゃあ寝坊しないようにすればいいじゃん」という会話しか生まれない。
しかし、明確なルールが定められていない場合には「どうして美化作業をしないのか? 」「どうして寝坊をしてしまったのか? 」というコミュニケーションが生まれる。その結果「実は私はこの作業に意味がないと思っているから、起きてたけど来なかったんだ」といった、ルールを破った際には言えなかったその人の本音を聞き出せるようになるかもしれない。
田中 : 確かに。その関係性だと「私は朝が苦手だから、夜に1人で美化作業をさせて欲しい」といった意見も出るかもしれませんね。会社でも同じことが言えそうです。遅刻したら減給されたり、上司に怒られたりする。さらに、その罪の意識から上司とコミュニケーションを取りにくくなる。
坂井 : そうですね。つまり、ルールが人と人の上下関係を生み出し、フラットな関係性を築きにくくし、良いコミュニケーションが生まれにくくしているんです。今、『ティール組織』というビジネス書が人気なのをご存知でしょうか?
※『ティール組織 - マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』著 : フレデリック・ラルー、英治出版より販売(amazonリンク)
この本は2018年1月に日本版が発売となり、非常に反響を集めました。ティール組織とは、従来の「達成型」と呼ばれる組織とは大きく異なる組織構造や文化を持つ新たな組織モデルです。
簡単に説明すると、組織内での上下関係、ルールなどといった文化を撤廃し、フラットな関係性をつくることによって組織・人材に変革を起こせるということが書かれている本なのですが、サイハテではこの考え方に似たコミュニティが形成されています。
田中 : フラットな関係性を築きやすくなれば、上司とのコミュニケーションがとりやすくなり、自分の意見が発言しやすくなる。その結果、組織の風通しが良くなることが想像できます。
リーダーがいないから、『主体的に動く人材』が生まれる
坂井 : また、リーダーがいないため、主体的に動く人材が生まれやすいこともサイハテの特徴です。もともとここは、現在もサイハテに住んでいる工藤シンクが発起人となって誕生した村なのですが、彼はリーダーではなく、ただの住人。
私自身もサイハテに必要な役割を模索する中、この村での生活を発信する「サイハテメディア」というHPをつくったり、全国で講演活動をしたり、サイハテ村に関連するコンテンツやコラボ企画をつくったりして、「コミュニティマネージャー 」としての仕事を自主的に行なっています。
このように、サイハテの住人が各自で行動し、協力し、村をより良くしていこうと尽力しています。リーダーがいないからこそ指示を待つのではなく、主体的に動く人物が生まれやすいのは、この村ならではの特徴だと思いますね。
リアルで実践し、オンラインで学びを共有する仕組み
田中 : 暮らしを軸としたコミュニティから学ぶことがたくさんありそうです。
坂井 : これまでも日本各地でさまざまなコミュニティが生まれ、多くのアイデアや学びがありました。シェアリングエコノミーやティール型組織も今では多くの人に注目されていますが、私たちはずっと前から実践してきたことです。
ただ、横のつながりがなく、その知見を共有できないことが問題でした。そこで、こうした多様なコミュニティで生まれた知恵を共有し、さらに深めることのできる『NCU 次世代型コミュニティ大学』というオンラインサロンをつくりました。
このサロンは、サイハテを始めとして、東京・渋谷の駅近ビルで「拡張家族」という新たなコミュニティの形を提案する『Cift(シフト)』など、日本中で活躍する多様な15のコミュニティをキャンパスに見立て、世界に誇れる次世代型のコミュニティ像を追求するオンライン大学です。会員数はローンチから1ヶ月ほどで約100人集まっており、今後も徐々に人数を増やしていきたいと思っています。
田中 : 自身の所属するコミュニティで得た知見を、オンライン上で共有、議論をすることによって、体系化していくことができる場所というわけですね。
坂井 : はい。サロンに入会すると、Facebookの非公開グループ上で入会者どうしでのやり取りができるようになっています。このサロンを活用することで、リアルのコミュニティで検証したことをオンライン上で深め、またリアルに落とし込むことができる。これによって現代に合った次世代型のコミュニティづくりを促進していければ、と考えています。
「和の精神」に基づく次世代のコミュニティ像をつくりたい
田中 : サイハテの今後の展望についてはどのようにお考えでしょうか。
坂井 : うーん、実はそのことについてはあえて考えないようにしています。村人の1人としては、もっと人が増えて欲しいとか思うところはあるのですが。コミュニティマネージャーとして、「こういう風になればいいな」と思うことはありますが、それを推し進めてしまうと、リーダーのような存在になってしまいます。そのバランスをとるのが難しいところです。
一方で、私が運営しているNCUの件についていうと、こちらは明確な今後の目標があります。それは、未来社会に対して提案できる次世代型コミュニティ像を作ることです。
世界が賞賛する日本の「和の精神」。これはこれからの未来を語る上で重要なファクターになると確信しています。しかし、今のままでは古い伝統《個性や自由の欠如》として未来社会の軸になり得るとは考えられません。
急速に変化していく現代社会の中にあっても通用する“次世代型”コミュニティ。個性や自由を保ったまま、調和や安定を作り出すコミュニティカルチャーはここ日本だからこそ取り組むべき事だと考えています。
田中 : 日本ならではの「和の精神」がもととなって生まれる新たなカルチャー……。考えるとワクワクしますね。
編集後記
以上、サイハテ村と坂井氏の話を紹介した。筆者がこの村に滞在したのは1泊2日という短い時間ではあったが、村づくりの作業や食事の時間に、サイハテの住人、および一時的に訪れている人たちと交流することができた。
坂井氏と話していると、「どうやら大変そうなことをしている」ようにも感じるが、いざ村で生活をしてみると、何のことはない、ただの共同生活のようにも感じる。しかし、どこかで居心地の良さを感じることができたのは、現代で失われた「人と人のつながり」を色濃く感じることができたためだろう。
一緒に料理をして、夕食を共にする。村をより良くするために、共有スペースを作ったり、不要な木を伐採したりする。さまざまな行動を共にしていく中で、徐々に関係性が築かれ信頼感が生まれていく感覚は、「当たり前」のようでどこか懐かしいものであった。これこそ「村」というコミュニティの良さの1つであろう。
しかし、百聞は一見に如かず。言葉にすると「当たり前」のことでも、いざ体験してみると「当たり前のことができていなかった」と気付かされることが多くあったため、一度訪れて欲しい。
熊本県の辺境の地にあるサイハテは、ルールのないコミュニティだからこそ、人と人とのつながりを感じることのできる温かな場所であった。