Googleの創業は1998年。インターネットが一般に広がり始めたタイミングだったからこそ、同社の高速なWeb検索サービスが爆発的にユーザーを増やせた。学生の起業からの大成功である。「自分もあの頃に、インターネットの価値に投資できたら……」と考える人も少なくない。でも、時計の針を巻き戻すことはできない。しかし、Web黎明期のような大きなチャンスの再来をこれからつかむことはできる。

「Google Cloud Next 2018」(7月24~26日)でGoogleはAIに関するいくつかの発表を行ったが、イベントを通じて同社が参加者に伝えようとしたことは「AIの大衆化がもたらす大きなチャンス」だ。GoogleのRajen Sheth氏は、今日のAIを「1994年のインターネット」と表現した。Mosaicブラウザが登場し、インターネットの大衆化が芽吹き始めた時期である。Webで情報がつながる価値に多くの人々が触れるようになり、研究者だけではなく、テクノロジーに興味を持つ普通の人達やビジネスがインターネットを活用することを考え始めた。

  • GoogleはAIをシンプルかつ便利に利用できるソリューションをすでに提供しているが、全ての人達にとってのAIはまだ始まったばかりとRajen Sheth氏

深層学習でAIが自身の力で猫の画像を判別できるようになったり、囲碁の世界チャンピオンに勝利して、すでに一般の人々もAIに関心を持つようになっている。しかし、本当の変化はこれからだ。企業の活動、人々の暮らしや社会に関わる技術になってこそ、本当のインパクトがもたらされる。「今日のAIは、当時 (1994年)のインターネットと同じで、その価値に普通の人々が触れ始めたばかりに過ぎない。そして、それからの20年間を通じて私達がインターネットの可能性を信じたように、これからAIは新たなコンピューティングの基盤になっていくでしょう」とSheth氏。

Googleは「AIの大衆化」を実現するために、3つのレベルでAIを活用する手段を提供している。

  1. 企業・組織が自らの力で、GoogleのTPUなど機械学習ハードウェアを用いてAIモデルを構築する。パワフルなソリューションが可能だが、分析を専門とする金融サービスなど一部の産業や組織に利用が限られる。
  2. コンピュータビジョンや自然言語の理解など、Google Cloudが提供するAIサービスの利用。製造工程における検査、不適切コンテンツの検出、顔検出など、顧客が特定のニーズに最適化させるカスタマイズが可能だが、機械学習に精通したエンジニアが必要になる。
  3. 今年1月に発表したAutoMLのようなパッケージ化されたソリューション。学習するデータさえ持っていれば、それを読み込ませて機械学習モデルを構築できる。機械学習の知識や経験を持つエンジニアというハードルを取り払うソリューションだ。Googleは、製造業や小売り、エネルギーなど、特定の産業向けソリューションにも取り組んでいる。
  • AutoMLによって、機能的なビジュアル検索を顧客に提供できるようになったUrban Outfitters

衣服メーカーのUrban Outfittersがモバイルデバイスを用いたビジュアル検索機能を提供しようとしたところ、同社が自身で構築した機械学習モデルが満足できる結果を生み出せなかったそうだ。そこでAutoMLを試したら、製品カタログを使ったトレーニングのみで明らかな向上が見られた。スナップ写真からでも正確に製品を認識し、10秒以上かかっていた処理時間が約2秒に、数週間に及ぶトレーニング期間を数時間に短縮できたという。

Cloud Nextでの主な発表を紹介すると、これまで画像認識/識別の「AutoML Vision」のみだったAutoMLに、自然言語向けの「AutoML Natural Language」(ベータ版)、翻訳向けの「AutoML Translation」(ベータ版)が加わった。

また、複雑なコンタクトセンターの業務を効率化するAIサービス「Contact Center AI」(アルファ版)を披露した。ショッピングサイトのサポートに顧客が電話すると、オペレーターから適切な担当者につながるまで何度も通話相手が替わり、その度に顧客が説明を繰り返すことがある。Googleは、コンタクトセンター大手のGenesysと協力してコマース大手eBay向けに、そうした問題を解決するシステムを構築した。Google AIが顧客の買い物の記録や過去のサポートとのやり取りを分析し、顧客についてよく理解した上で対応するので、顧客は最小限の説明で適切なサポートを受けられる。AIエージェントとは、自然な会話でやり取り可能。会話は全てテキスト形式に変換、記録される。そして顧客の必要を見極めて、AIエージェントがスタッフに対応を引き継ぐので、ファッションアドバイザーなど専門スタッフが効率的かつ効果的なサポートを提供できる。

  • 今年のGoogle I/OでのDuplexのデモが大きな話題になったが、対話型エージェントのビジネス活用を提案する「Contact Center AI」

また、SQL文で機械学習モデルを構築、実装できる「BigQuery ML」(ベータ版)も発表した。R言語やPythonでコーディングするハードルを取り払うソリューションだ。Cloud Nextでは、20th Century Foxが同社の「The Maze Runner」で、BigQuery MLを用いた観客分析でマーケティングキャンペーンをプラニングした効果を紹介した。

  • 20th Century Foxは、観客分析のために既存のSQLクエリを使ってわずか30.8秒で機械学習モデルを構築

  • 「The Maze Runner」に関心を持つ可能性が高い層を分析してマーケティングキャンペーンに活用

他にも、第3世代TPUのアルファ版、TensorFlow Liteを用いた機械学習モデルの実行に特化したASICチップ「Edge TPU」(早期アクセス)など、数多くの発表が行われた。

あらゆる分野に発表が散らばっているように見えるが、いずれも「AIの大衆化」という大きな目標を完成させるピースを埋めていく発表である。Cloud Nextではキーノートなどで何度か「魔法のような体験」という言葉が使われた。例えば、Googleフォトで、ユーザーの多くはAIに手助けされているとは気づかず、画像認識によって自動的に作成されたアルバムや共有のオススメを便利に利用している。AIとインタラクトしていると人々が意識しないAIソリューションが「魔法のような体験」である。ビジネスでの活用では、特にそれが「AIの大衆化」への道すじになるとSheth氏は見ている。AIを用いることが目的ではない。顧客や社会が抱える問題を見いだし、それを解決する「魔法のような体験」をAIを利用して作り出すべきであるとしていた。

  • 顧客を中心に据えたAIは、顧客にAIを意識させないAIソリューション