奈良先端科学技術大学院大学は、パン酵母が冷凍保存後も高い発酵力を発揮するためには、細胞内で冷凍により傷害を受け変性したタンパク質を分解するという役割を持つ酵素複合体が重要であることを明らかにしたと発表した。

  • 酵母における冷凍ストレス応答メカニズムのモデル(出所:奈良先端科学技術大学院大学ニュースリリース)

    酵母における冷凍ストレス応答メカニズムのモデル(出所:奈良先端科学技術大学院大学ニュースリリース)

同研究は、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科の高木博史教授の研究グループと、テーブルマークとの共同研究によるもので、同研究成果は、4月6日付けで米国微生物学会の学会誌「Applied and Environmental Microbiology」オンラインサイトに掲載された。

製パンに用いる酵母(パン酵母)は、種々の過程で冷凍、高ショ糖、高温乾燥などのストレス環境にさらされるが、このようなストレス下では、タンパク質など生体高分子の構造や機能が失われ、パン酵母の有用機能(炭酸ガスの発生、味・風味成分の生成など)が制限される。

そのため、パン酵母に高度なストレス耐性を付与することにより、長期保存可能な冷凍生地や菓子パン生地に適した「冷凍耐性イースト」や「高糖耐性イースト」、耐久性の強い「ドライイースト」の開発が可能になる。また、パン酵母が発酵力を保持したまま冷凍状態で流通することができれば、製パン産業において有用な技術になると期待されているという。

そこで同研究では、パン酵母の冷凍保存が、発酵中の細胞の遺伝子発現に及ぼす影響を調査した。その結果、冷凍保存後の発酵力が低下した株では、細胞内でタンパク質分解を行う巨大な酵素複合体(プロテアソーム)に関連する遺伝子のほとんどで発現が減り、変性したタンパク質が分解されずに蓄積していた。このことから、冷凍保存によりプロテアソームの機能が低下していることが分かった。

また、プロテアソームの機能低下を引き起こす原因を解析したところ、冷凍保存後に発酵力が低下した株では、プロテアソーム関連遺伝子の発現を引き起こす転写因子であるPdr3タンパク質にアミノ酸置換を伴う変異が入り、Pdr3タンパク質の標的になる遺伝子の発現も顕著に減っていたという。以上の結果から、冷凍保存によるパン酵母の発酵力低下はプロテアソームの機能欠損が原因であり、この機能を強化することでパン酵母の冷凍耐性や発酵力が向上する可能性が示された。

同研究で得られた知見は、プロテアソームの機能強化による「冷凍ストレス耐性パン酵母」の育種技術への応用や、細胞が冷凍ストレスに応答し、生命機能を保持するメカニズムの理解に繋がる有用なものであると考えられるという。また、同研究の成果はパン酵母をはじめとする産業酵母について、タンパク質を変性させる様々なストレスに対する耐性や発酵力の向上に応用できる可能性があるということだ。