私たちに身近な「大地の恐怖」といえば、まず思い浮かべるのは地震だろう。「動かざること山のごとし」の大地が激しく揺れ、場合によっては大津波も発生する。だが、一度の出来事でもたらされる被害の大きさを考えるとき、火山の巨大噴火は私たちの想像をはるかに超えている。
九州・薩摩半島と屋久島の間の海底に、直径が20キロメートルほどにもなる、ほぼ円形の巨大なくぼ地がある。鬼界(きかい)カルデラという。カルデラとは、火山の噴火にともなってできたくぼ地のことだ。岩石が溶けた地下の「マグマ」が多量に噴出し、そこに地面が陥没してできるパターンが代表的だ。九州・阿蘇山にも、似た規模のカルデラができている。鬼界カルデラは、100万年くらい前から噴火を繰り返していたとみられており、7300年前の巨大噴火は九州の縄文文化を滅ぼしたとされている。熱い溶岩のかけらや火山灰などが熱風とともに高速で周囲に広がる「火砕流」が、海を渡って陸地を焼いてしまったらしい。
世界最大のカルデラは、インドネシア・スマトラ島にある「トバ湖」だ。長さ100キロメートル、幅30キロメートルくらいの大きさで、水がたまって湖になっている。こうした大きなカルデラを生む巨大な噴火は、「超巨大噴火」「カルデラ噴火」「破局噴火」などと呼ばれている。大きな噴火として記憶に残る1991年のフィリピン・ピナツボ山噴火も、その噴出の激しさでみると、超巨大噴火の100分の1くらいにすぎない小さなものだ。
トバ湖のカルデラで起きたもっとも最近の噴火は今から7万数千年前だし、鬼界カルデラの噴火も7300年前。超巨大噴火はめったに起きないので、見たことのある火山学者はいない。噴火の象徴ともいえる噴煙は、どんな形でどこまで上がるのだろうか。九州の新燃岳や桜島で見られるような噴煙が、そのまま超巨大化した形なのだろうか。どうもそうではなさそうだ。イタリア国立地球物理学火山学研究所のアントニオ・コスタ研究員らの研究グループのコンピューター・シミュレーションによると、超巨大噴火の噴煙はドーナツ型になるらしい。
研究グループのメンバーで、噴煙のシミュレーションを開発した東京大学地震研究所の鈴木雄治郎(すずき ゆうじろう)助教によると、噴煙の実体は、そのほとんどが周りから取り込まれた空気だ。火口からは、水蒸気を主体とした火山ガスと火山灰が噴出するが、これだけだと周りの空気より重いので、投げ上げたボールのようにすぐに落下するはずだ。ここに周りの空気が加わって熱で膨張し、軽くなって火山灰などと混然一体になって上昇していく。ピナツボ山の噴火では、火山灰は高度40キロメートルまで達したことが観測で確認されている。
今回の研究で明らかになったのは、火山灰などの噴出が一定の時間にわたって継続するタイプの噴火の場合、噴煙の高さや形が、噴火の激しさによって大きく違ってくることだ。ピナツボクラスの噴火だと、噴煙は火口の真上に上昇して、高度20~30キロメートルで周囲に広がっていく。大気の区分でいうと、私たちが住む対流圏の上の成層圏に達している。噴煙の広がりは、傘を広げたような形になる。空気を加熱して上昇流を生む熱源は、火口付近の火山灰やガスなどだ。
一方で、大きなカルデラを生むような超巨大噴火では、火口から四方八方に流れ出した火砕流が新たな熱源になる。火口を囲む円い面状の領域が熱源になるため、そこから立ち上った噴煙は、火口を上空でぐるりと取り囲むドーナツ状になる。火口から離れた環状の部分で激しい上昇気流が起きて噴煙が高く上り、逆に火口の真上では噴煙は相対的に低くなるのだ。この形は、台風の雲と似ている。中心の「目」を取り囲むように発達した強い積乱雲が環状の雲の壁を作り、中心部は周辺部に比べて穏やかだ。超巨大噴火の噴煙と台風の雲とでは、発生する仕組みはまったく違うが、中心から少し離れたところで激しい上昇気流が起きる点は似ている。
また、超巨大噴火の噴煙は、噴火開始から13分あまりで高度50キロメートル近くに達していることが分かった。高度50キロメートルといえば、対流圏の上の成層圏、さらにその上の中間圏の高さだ。対流圏では雨が降るので、そこに漂う塵(ちり)などは、比較的早く洗い流される。しかし、成層圏の気流は安定していて雨は生じないので、ここに達した火山灰やガスは長期間にわたって地球を覆い、気温の低下を招く。鈴木さんは「噴煙の高度は、どれくらい広く世界に噴火の影響を与えるかということとも、深く関係している」と話している。
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