2018年1月に起きた、欧州の「アリアン5」ロケットが予定の飛行経路を大きく外れて飛行した事故について、欧州宇宙機関(ESA)を中心とする独立調査委員会は2018年2月23日、ロケットの航法システムへの数値の入力ミスと、それを検査で見逃してしまったことが原因とする、調査結果を発表した。

  • アリアン5ロケットの打ち上げ

    アリアン5ロケットの打ち上げ (C) Arianespace/ESA/CNES/Optique Video du CSG

アリアン5は2018年1月25日(日本時間)、SES(ルクセンブルク)の通信衛星「SES-14」と、アル・ヤー・サテライト・コミュニケーションズ(アラブ首長国連邦)の通信衛星「アル・ヤー3」の2機の衛星を搭載し、南米仏領ギアナにあるギアナ宇宙センターから打ち上げられた。

しかし、ロケットは予定の飛行経路から大きく外れ、南に約20度ずれた方向に飛行。地上局と通信できる範囲を出てしまったことで、打ち上げから約9分26秒に、ロケットからの通信が途絶えてしまった。

打ち上げ終了までロケットや衛星の状態は不明だったが、その後、衛星との通信に成功。予定とは異なるものの、地球をまわる軌道に乗っていること、衛星の状態は正常であることが確認されている。

アリアン5は今回までに96機が打ち上げられ、2002年の失敗を最後に、82機の連続打ち上げ成功を続けてきた。その高い信頼性によって、静止衛星の打ち上げ市場で約半分のシェアを握ってもいた。それだけに、この事故は大きな衝撃をもって迎えられた。

原因はパラメーターの入力ミスと、検査での見逃し

この事故の翌日、ESAを中心に独立調査委員会が立ち上がり、調査を開始。そして2月22日に結論を報告した。

委員会の調査によると、今回の事故は、ロケットに搭載されている2基の慣性基準装置(IRS)に入力された数値が間違っていたことに起因しているという。

発表によると、通常、静止軌道への打ち上げでは、IRSに90度と入力することになっているが、今回のミッションでは、ある「特別な要求」により、「70度」と入力する必要があった。しかし、いつもと同じように90度と入力されていたという。さらに、打ち上げ準備中に行われる検査でこの誤りを見つけることができず、そのまま打ち上げてしまった。

このため、ロケットは打ち上げ直後から、真東から南に20度ずれた、南東方向に飛んだとしている。

なお、この20度のずれを生んだ「特別な要求」が、どのようなものかは明らかにされていない。

独立調査委員会では、今回の事故の引き金となった飛行方位角のような、打ち上げ準備中に扱われる重要なデータを、しっかりと管理する必要があると強調。そのために、打ち上げ準備のプロセスの改善、また追加の検査を導入するなどの品質管理の改善を行うことを推奨している。

これを受け、アリアン5を製造、運用するアリアングループ(ArianeGroup)とアリアンスペース(Arianespace)では、この勧告を実施。現在進行中の、次のアリアン5の打ち上げ準備から適用するとしている。この次のアリアン5の打ち上げは3月に予定されている。

アリアンスペースのステファン・イズラエルCEOは、独立調査委員会へ感謝を述べるとともに、「この是正処置を行うことにより、アリアン5の優れた信頼性をさらに高めることができます」とコメントしている。

  • 打ち上げ準備中のアリアン5ロケット

    打ち上げ準備中のアリアン5ロケット (C) Arianespace

事故の背景と、指令破壊を行わなかった理由

ESAでは、事故の報告書そのものも含め、これ以上の詳細を公表する予定はないとしている。

ただ、フランスの新聞「ラ・トリビューン」、「ル・フィガロ」などによると、今回の打ち上げでは初めて、アリアングループが打ち上げ準備を主導。その中で、これまで行っていたアリアンスペースによる飛行プログラムの二重点検を、コスト削減のために取りやめた――つまりアリアングループ側の点検のみで済ませるように変更したことが背景にある、と報じている。

また打ち上げ直後から飛行経路が大きくずれたにもかかわらず、指令破壊(いわゆる自爆)をしなかった理由について、フランスの週刊誌「ル・ポワン」は、フレデリック・ヴィダル高等教育・研究・イノベーション大臣の発言を引用する形で、「打ち上げ直後の時点では、まだロケットとの通信が取れており、(飛行経路を除いて)正常に飛行していることが確認できていた。また、ギアナ宇宙センターのあるクールーの街には近づいたものの、街に落下する危険はなかった」と報じている。

これを裏付ける形で、宇宙ジャーナリストのPeter B. de Selding氏は、業界筋からの話として、「ロケットが(飛行経路を除いて)正常に飛行していたため、指令破壊によってロケットの破片が街に降り注ぐ危険性に比べ、そのまま飛行を継続したほうが、まだ危険性が低いと判断した」という発言を報じている。

  • アリアン5ロケットの打ち上げ

    アリアン5ロケットの打ち上げ (C) Arianespace/ESA/CNES/Optique Video du CSG

衛星は静止軌道に向けて軌道変更中

いっぽう、この打ち上げで予定と異なる軌道に乗ってしまった「SES-14」と「アル・ヤー3」の2機の衛星は、現在それぞれ、自身のスラスターを使って、静止軌道に乗るための軌道修正を行っている。

もともと衛星は、近地点高度(地球に最も近い高度)250km、遠地点高度(地球から最も遠い高度)4万5000km、軌道傾斜角(赤道からの傾き)3度の軌道に投入され、その後は衛星側のスラスターを使って、高度3万5800km、軌道傾斜角0度の静止軌道に乗り移る予定だった。

しかし実際には、近地点高度約230km、遠地点高度約4万3000km、軌道傾斜角約20.6度の軌道に投入されたことで、静止軌道へ乗り移るには追加のエネルギーと時間が必要となった。

このうちSES-14については、SESによると、当初の予定では静止軌道に到達するまでに5か月かかる予定になっていたが、今回のトラブルにより、追加で4か月かかることになったという。ただ、軌道変更には燃費のいい電気推進エンジンを使うため、15年と計画されている運用期間には影響はないだろうとしている。

アル・ヤー3についても、今年の中ごろまでには静止軌道に到達する予定だという。運用期間への影響については公式には明らかになっていないものの、SES-14と異なり、軌道変更には化学推進エンジンを使うため、やや短くなるなどの影響が出る可能性がある。

  • SES-14の想像図

    SES-14の想像図 (C) Airbus Defence and Space

参考

Independent Enquiry Commission announces conclusions concerning the launcher trajectory deviation during Flight VA241 - Arianespace
Action plan approved for next Ariane 5 launches / Press Releases / For Media / ESA
LAUNCH VA241: ARIANE 5 DELIVERS SES-14 AND AL YAH 3 TO ORBIT - Ariane Group
Investigators say erroneous navigation input led Ariane 5 rocket off course - Spaceflight Now
Peter B. de Selding(@pbdes)さん | Twitterからの返信付きツイート

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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