企業向けセキュリティサービスやホームセキュリティを提供するセコムが研修プログラムにVRを本格導入した。VRの活用先の第1弾は「煙が充満する中での避難誘導」と「避難器具の体験シミュレーション」という2つの研修プログラムだ。VRが解決した課題とは、何だろうか?

業界初となるVR研修プログラムを開発

火災が発生して煙が充満する屋内からどう人を助け出すか。不安でパニックになりそうな人たちをどう安全に誘導するか。そんな緊急事態において、警備員を迅速かつ的確に行動させるため、セコムはVRを使った新しい訓練をスタートさせた。

2017年11月にヘッドマウントディスプレイ「Samsung Gear VR」7台を研修センターに導入。現実に作り出すことが難しい環境をVRコンテンツとして作成し、それを受講者全員が体験することで理解度や浸透度を向上させている。

VRコンテンツとして最初に作られたのは、「煙が充満する中での避難誘導」と「避難器具の体験シミュレーション」の2つの研修プログラムだ。従来は、研修センター内に煙が充満する部屋や高所から避難を行う環境を実際に作り、これらの訓練を行っていた。

ただ、施設や機器を準備したり、実施時間を確保したりといった関係から、受講者全員が体験することは難しかった。そこでチームの中から代表者を選び、残りの受講者は代表者が体験するのを傍らで見ながら学習するという方法を採用していた。7名程度でチームを編成し、各チームが異なるプログラムを次々に実施していくという流れだ。

当然、避難誘導や避難器具の操作を自分では体験せず、傍らでの学習しかできない受講者も多くなる。そもそもこうした訓練は、体験しなければわからないことを体験するために実施するものだ。建物内に煙が充満すると何が起きるか、高所から避難する時に避難者はどんな対応をするか。それらを実際に体験しておくことで、本当にそういった事態に直面した時も冷静に対処できるようになるわけだ。

セコム研修部部長の齋藤太嘉志氏は「大勢では体験が難しい重要な訓練であっても、全員が同時に体験できる統一した判断基準と短時間かつ均一に習得できる環境を作ることが長年の課題だった」とし、こう話す。

  • セコム 研修部 部長 齋藤太嘉志氏

「体験が難しい課題については、ビデオ教材を作ったり、繰り返し説明したりして、研修の浸透度を上げる工夫をしてきましたが、十分とは言えませんでした。VRの話が持ち上がった時に、自分でもヘッドマウントディスプレイなどでどんな体験が得られるかを試してみました。すると、没入感があり、臨場感も高い。これなら今までの研修の課題を解決できそうだと直感したのです」

現場で対処できるスキルと経験をVRで養う

警備をサービスとして提供するセコムにとって、研修プログラムはビジネスのコアとも言うべき存在だ。研修センターは全国4カ所(東京・多摩、静岡・御殿場、三重・名張、熊本・阿蘇)にあり、年間300コース、1万人以上が研修を受けている。

新入社員は研修センターで警備の基礎から実践までを習得する。教材を使った座学だけでなく、救助や避難誘導、消火訓練、放水訓練などの実地訓練も多く、内容や期間は配属される職種に合わせてカスタマイズされている。

研修を終えて配属されてからも定期的な研修は必須だ。少なくとも年に1回、職種によっては年複数回の研修を受けるケースもある。研修の履歴や習熟度は確認テストなどで数値化され、自分の弱点や理解が不足している項目を知ることができるようになっている。各自の理解度を高めながら、実際の現場でスムーズに対処できるスキルと経験を養っていく。

「不測の事態が発生した時も、自身が何をすべきかを即座に判断して行動に移せるようになるまで定着させることが大切です。そのためには、人がやるのを見ているだけでなく、自分で体験してみるのが一番です。VRは限られた時間のなかで効率的に自分自身の体験として知識を定着させることに向いています」(齋藤氏)

  • ヘッドマウントを装着して研修を受ける様子

齋藤氏によると、火災発生時に取り残された人がいないかどうかを確認する際、絶対に外してはいけないポイントがいくつかあるという。例えば「部屋の中を確認するためにドアを無造作に開けないこと」「ドアの取っ手を素手で無造作に触らないこと」などだ。もし、部屋の内部で火災が発生していたらドアを開けた瞬間に爆発が起こったり、熱くなったドアの取っ手でやけどをしたりするおそれがある。

同じように、高所から避難器具を使用した避難誘導においては「早く進んでください」とけしかけたり、窓から避難させる際に「あのマットに飛び降りてください」などと地面をのぞかせたりするようなことは厳禁だ。避難者を慌てさせたり、怖がらせたりする言動をすることでパニックになり、2次被害を招くことになるからだ。

「こうしたことは、座学で見たり聞いたりしただけではなかなか身につきません。だからこそ、VRを使って自分の体験として習得する訓練が有効なのです」(齋藤氏)