NTTデータ経営研究所は12月8日に、『金融デジタルイノベーションの時代』をテーマとしたセミナーを開催。同セミナーにおいて野村資本市場研究所 研究理事の淵田康之氏は「キャッシュレス化実現の条件」についての講演を行った。本稿ではその様子をレポートする。

  • 野村資本市場研究所 研究理事の淵田康之氏

    野村資本市場研究所 研究理事の淵田康之氏

キャッシュレス化が進まない日本の現状

まず淵田氏は「社会のデジタルトランスフォーメーションが進展していけば、それに伴ってお金の流れもデジタル化、キャッシュレス化していくはず。しかし、日本では電子商取引が発展してもなお、決済は代引きやコンビニの収納代行が使われています。これは、諸外国とは明らかに状況が異なるでしょう」と日本のキャッシュレス化を取り巻く環境の特異性を伝えた。

日本では海外と異なり、経済全体のデジタル化に対してキャッシュレス化が伴っておらず、ECで購入した商品を現金で買うという状態が続いているのだという。

そのうえで淵田氏は、キャッシュレス決済を、銀行口座引き落としやクレジットカード、デビットカード、前払い方式の電子マネーをはじめとするプリペイド商品などの「従来型」、個人間のモバイルP2P送金をはじめ、Apple PayなどのモバイルNFC決済、QRコード決済、モバイルPOS、PayPalなどの「新型」という2つに分類。内閣府の未来投資戦略2017において、掲げられたKPIのキャッシュレス決済額に銀行口座引き落としや振り込みが含まれていない点と、従来型であるクレジットカード関連の施策が目立つ点を指摘した。

  • 未来投資戦略2017

    未来投資戦略2017

「AlipayやWeChat Payの直接口座引き落としにする方法が普及しても、この統計ではキャッシュレス比率が上がらなくなってしまいます。すでにある統計を使うのもいいのですが、どういう算出が適切かという議論から始めるべきだと思いますね。これからはクレジットカード政策に留まらない新型のキャッシュレス化推進政策が不可欠で、P2Pと中小事業者とのP2Bについて取り組んでいかなければいけないでしょう。また、10年で4割までキャッシュレス比率を引き上げることを目標にしていますが、それでも2015年のアメリカと同レベルにしかなりません。その数値目標でいいのかという疑問が残ります」

インターオペラビリティの実現がキャッシュレス化には不可欠

世界の決済が銀行中心からプラットフォーマーの台頭する時代へと移行しつつある現代。多様な決済手段が生まれているが、サービスは淘汰されていくのだろうか。

「ユーザーにとって大事なことはいつでも、どこでも、誰とでも、さまざまな手段で安全、低コストに行えるユビキタスな決済です。独占的なプラットフォーマー依存でも、多種多様な決済手段が存在するという状況でもありません。複数の異なるシステムがあっても相互に運用できる状態であるインターオペラビリティを確保しながら、競争とイノベーションが発揮されるフレームワークの構築が必要だと考えています」

インターオペラビリティ。つまり、お金の送り手と受け手がそれぞれ好きなサービスを選択することができるという仕組みだ。たとえば、クレジットカードを用いた支払いを行ったとしても、受け取り側は電子マネーで資金を受領できるというイメージである。それぞれが好きな決済サービスを使っても、つながることのできる制度が大事なのだという。

  • インターオペラビリティの重要性

    インターオペラビリティの重要性

「送金方法も口座番号や名義人を指定するという手間のかかるものではなく、電話番号などを使って簡単に実行できるようになるべきだと思います。支払日も固定ではなく選択できるようになり、チャットのようにメッセージを添えて送金できるようになれば、ストレスフリーなペイメントジャーニーを実現できるのではないでしょうか」

独自の仮想通貨やQRコード決済など、日本ではさまざまな企業が独自で決済イノベーションを進めている。しかし、現状では、資金を受け取る側と送る側で同じサービスを利用していなければ資金のやり取りを行えないケースがほとんどだ。それが、キャッシュレス化を阻害している要因の1つなのだという。

「新しいアイデアが出てくるのはいいことだと思いますが、それが本当にエンドユーザーのためになるのか、日本経済のためになるのか、疑問です。そもそも、日本はネットバンキングすら普及しているとはいえない状態にあり、当面は現金やクレジットカード決済が主流のまま進むというのが現実的な展望なのではないでしょうか」

ある調査によると、ネットバンキングがどんなものか知らない/関心がないという回答が、2011年の51%から2016年57.5%に増加しているという結果も出ているという。

  • 日本におけるネットバンキングの普及度

    日本におけるネットバンキングの普及度

「放っておいても自然増加的なキャッシュレス化は進むかもしれませんが、それだけであれば諸外国に圧倒的な差をつけられてしまうでしょう。現状を打開するためには、まずは銀行業界共通のモバイルP2P送金から導入すべきだと考えています。銀行と比べるとまだFinTechに対するユーザーの信頼は高くありません。銀行が提供する個人間決済からスタートし、スマホを通じたお金のやり取りが一般的になれば、店頭の支払いなどにも発展していくはずです。真のキャッシュレス化までは、法制度をはじめ、行政機関の設置やインフラの構築などクリアすべき課題は山積み。まだまだ先は長いですが、主体的に我が国がキャッシュレス化を進めていく姿を見てみたいと考えています」