天翔ける計測機

「しきさい」とSGLIの部分。覆いがあるため中は見えない

「しきさい」の模型のSGLI部分。実物も軌道上ではこのような姿になる

「しきさい」の開発を担当したJAXAの安藤成将(あんどう・しげまさ)さんは「『しきさい』は地球を見るというより、計測する。いわば衛星そのものが計測機なんです」と語る。

地球を観測すると聞くと、カメラなどで写真を撮って細かく"見る"、という印象が強い。しかし、「しきさい」の目的は地球の色を"測る"ことにある。そのため多波長光学放射計(SGLI)は、私たちが思い描くような"普通のカメラ"ではなく、普通のカメラでは見えない、近紫外から熱赤外域までの波長帯(色)を複数写せるように、なおかつその色を正確に捉えられるような仕組みをしている。

そのため、SGLIで撮影した画像は、一見するとぼんやりとして、あまりきれいな写真には見えない。しかし、実はそこに写っているさまざまな色の情報こそが最も重要かつ、研究者が気候変動のメカニズム解明のために欲しているものでもある。

SGLIによる観測イメージ (C)JAXA

2003年5月26日に、「しきさい」のSGLIと同種のセンサーを搭載した衛星「みどりII」が観測したサンフランシスコ沖の様子。海洋の濃緑になっている部分は植物プランクトンが多い海域、明るい白い領域は雲で、細い筋状の雲は飛行機雲と考えられている。「しきさい」ではこれよりもっと鮮明に観測できると期待されている (C)JAXA

SGLIは1000km以上もの広い刈り幅(画像の横幅)で地球を撮影することができ、その間地球は自転しており、衛星も約2日で同じ地点の上空に戻ってくるため、2日ごとに地球全体を撮影したデータが生まれ続ける。また、他国の衛星がもつ同種のセンサーと比べ、250mという比較的高い分解能(細かく見る能力)をもっているという特長もある。

さらに、偏光観測という光の偏り方を調べられる方法を使うことで、これまで精度よく捉えることが難しかった陸上のエアロゾルを観測することができるようになっている。とくにエアロゾルは、前述のようにこれまで精密な観測が難しく、それが温暖化の予測を難しくする要因にもなっていたが、SGLIによって、今までよりはるかに精度よく観測することができるようになる。

加えて、同じ場所をさまざまな方向から観測することもでき、どこにどれだけ植生があるかだけでなく、その植生がどんな高さをもっているのかをも調べることができ、たとえば背の高い森林なのか、背の低い草原や水田なのかを見分けることができる。これにより陸域の植物がどれくらいの量の二酸化炭素を吸収し、それが気候変動にどのような影響を与えているのかという推定の精度を高めることができるという。

GCOMプロジェクトのプロジェクト・マネージャーを務める杢野正明(もくの・まさあき)さんは、「『しきさい』による観測で、少しでも予測精度が上がると、今後の温度上昇がどう推移するかという見極めが早くできるようになります。見極めが早くできるということは、温暖化によって起こる問題への対処も早めにできるということです。もちろん、温暖化の予測モデルの誤差がゼロになるのが理想的ですが、わずかな改善でも効果があると考えています」と期待を語る。

SGLIの偏光観測の解説 (C)JAXA

SGLIの多方向観測の解説 (C)JAXA

また、「しきさい」のデータは気候変動の研究でなく、より身近な日常生活や漁業にも役立てることができるという。

たとえば「しきさい」のセンサーは黄砂が飛来する様子も見ることができ、「黄砂予報」として、天気予報のように黄砂の飛来状況を発信することができるという。杢野さんによると「黄砂予報などに使ってもらうため、気象庁と最終的な話をしている段階」だという。

また、海面温度と魚の分布は密接にかかわっており、植物プランクトンは魚にとっての餌になる。こうしたデータがあれば、魚が集まる場所が推測できるため、漁獲量が増やせる(あるいは資源を守るため保護できる)ほか、漁場へ直行できるようになることで漁船の燃料費の節約にもなる。

「しきさい」は、日本付近に関しては観測データを準リアルタイムで提供できることからも、こうした日常生活や漁業へ応用できる期待は大きい。

SGLIが観測する黄砂や赤潮、海面の水温や植物プランクトンの発生状況などのデータは、より身近な日常生活や漁業へもいかすことができると期待されている (C)JAXA

「しきさい」について説明するGCOMプロジェクトのプロジェクト・マネージャーを務める杢野正明(もくの・まさあき)さん

GCOMの未来と、私たちの地球の未来

「しきさい」が打ち上げられ、観測が始まれば、JAXAのGCOM計画はひとまずスタートを切ることになる。

またJAXAは現在、GCOMだけでなく、地球を温暖化させる二酸化炭素の分布を観測する「いぶき」(GOSAT)も運用している。また、地球全体の降水(降雨や降雪)を高い頻度で詳細に観測できる米国航空宇宙局(NASA)の地球観測衛星「GPM」(2014年打ち上げ)には、そのかなめとなるレーダー「DPR」を提供。さらに欧州宇宙機関(ESA)が開発中の地球観測衛星「アースケア」(EarthCARE)には、雲の構造を三次元的に捉えられる高性能レーダー「CPR」を提供する。

JAXAはこの「いぶき」、「しずく」、今回の「しきさい」、そしてDPRとCPRという、3機の衛星と2つのレーダーを駆使し、さらに他国の地球観測衛星などとも協力し、気候変動の高い精度での予測に挑む。

地球環境を見守るJAXAの衛星やセンサーたち (C)JAXA

しかし、その一翼を担うGCOMの将来は不透明である。

GCOM計画はもともと、GCOM-WとGCOM-Cをそれぞれ3機、合計6機を継続的に打ち上げて、13年間もの長期にわたるデータを取得しようとしていた。1機の衛星だけで、たった数年間のみ観測しただけでは、地球の環境がどのように変化しているのか正確に知ることはできない。長期にわたって継続して観測し、それを分析してこそ初めて意味が生まれるからである。その名残は、「しずく」と「しきさい」が、かつては「GCOM-W1」と「GCOM-C1」と呼ばれていたことにも現れている。1があるということは2、3もある、ということだった。

しかし、2008年に宇宙基本法が成立し、日本の宇宙計画の立案、推進の主体が内閣府に移り、これ以降、日本の宇宙計画は「宇宙基本計画」の工程表に従って進められることになった。そしてこの工程表の中で、GCOM衛星はそれぞれ1機のみ、つまり「しずく」と「しきさい」のみを打ち上げるとのみ記載されている。

もちろん、内閣府が気候変動の懐疑主義者というわけではない。ただ、必要性や日本の宇宙開発の予算、他の計画との兼ね合いなどから、GCOMを2号機、3号機と打ち上げて継続的に観測する、という当初の計画どおりの実施は、現時点では明記せず、保留されているのである。

後継機の現状について、杢野さんは「後継機について明確な計画はありませんが、『しずく』や『しきさい』の活躍により、そのデータが予測や私たちの生活の役に立つことで、次につながっていくものと考えています」と語る。また安藤さんは「(後継機について)JAXAで検討、研究はしていますが、今のところ衛星を開発するという具体的な段階にはありません」と語った。

しかし、すでに「しずく」は設計寿命の5年を過ぎており、近いうちに故障する可能性もある。衛星の開発には数年がかかることを考えれば、「しずく」はもちろん、「しきさい」も、もうすでに後継機の開発が始まっていなければならない。ちなみに「しずく」に関しては、「いぶき」の後継機のさらに後継機にあたる「GOSAT-3」に同種のセンサーを相乗りさせるという話はあるが、GOSAT-3の打ち上げは今のところ2022年度以降と、当分先の話である。

「いぶき」の後継機「いぶき2号」の想像図。2018年度打ち上げ予定 (C)JAXA

ESAが開発中の地球観測衛星「アースケア」の想像図。JAXAはこの先端にある、雲の構造を三次元的に捉えられる高性能レーダー「CPR」を提供する。打ち上げは2019年夏ごろの予定 (C)ESA

私たちと地球の未来を守り、よりよくするために

もちろん、「しずく」、「しきさい」の後継機がなければ、気候変動の正確な予測が不可能になる、というのは言い過ぎではあるだろう。欧州や米国、中国などでも次世代の地球観測衛星の計画はあり、こうした他国の衛星のデータを使って研究することはできる。

しかし、衛星の数は多ければ多いほど、高頻度かつ多くのデータが取得でき、予測をより正確にすることができる。さらに日本は地球観測、環境観測の分野において多くの実績と高い技術をもっており、今後もそれをいかし続けることは大きな国際貢献となる。

とくに米国のドナルド・トランプ大統領は今年6月、パリ協定から離脱を発表し、NOAAの地球観測衛星プログラムの予算など、気候変動に関係する研究予算も大幅に削減するとしている。その中で、日本が変わらず、あるいはこれまで以上にこの分野に貢献し続けることには大きな意義があるだろう。GCOM後継機はもちろん、他の地球観測衛星やセンサーについても、これからの10年、20年でなにをするのか、明確な計画を打ち出すべきだろう。

その努力は、いずれ気候を制御し、そして世界中の人々を、あらゆる生命を、そしてかけがえのないこの地球を救うという、この上ない大きな成果となって返ってくることになる。さらに将来のことを考えれば、地球の気候のメカニズムについて知ることは、他の天体の気候について知ることにもなる。そしていつか火星などへ移住する日が来れば、その気候を人類にとって住みやすいものに変えることすらも可能になるだろう。

いつかグスコーブドリが犠牲にならない『グスコーブドリの伝記』を、現実の世界で描ける日が来るかもしれない。

JAXAが公開した気候変動観測衛星「しきさい」

参考

しきさい(GCOM-C)プロジェクトマネージャ 杢野正明 | 衛星を支える人たち | JAXA 第一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター
GCOM-Cの目的と観測対象/気温上昇量の予測精度の現状
気象庁 Japan Meteorological Agency IPCC 第5次評価報告書
気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート『日本の気候変動とその影響』(2012年度版)2013年3月 文部科学省 気象庁 環境省
ココが知りたい地球温暖化 | 地球環境研究センター

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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