先進的な衛星の試験機だった「実践十八号」

今回の長征五号の打ち上げ失敗により、搭載されていた試験衛星「実践十八号」も失われることになった。

実践十八号は、中国空間技術研究院が開発した衛星で、次世代の静止通信衛星などに使うための、新しい技術の試験を行うことを目的としており、さまざまな最新技術が投じられていた。

そのひとつは衛星本体にある。実践十八号では「東方紅五号」と名づけられた、新型の衛星バスが初めて採用された。

衛星バスとは、人工衛星の基礎となる筐体のことで、箱のような構造と、太陽電池やバッテリー、スラスターなどが含まれる。

人工衛星のミッションは千差万別ではあるものの、電力やスラスターといったものは必ず必要になる上に、衛星によってそれほど大きく異なる部分でもない。そこで、ある程度規格化された衛星バスを量産しておき、その中に、それぞれの衛星のミッションにとって必要となる通信機器や観測機器など、まるで自作パソコンのように積んでいき、ひとつの衛星を完成させる。

こうした規格化された衛星バスのことを標準バスともいい、これにより製造の効率化による、納期の短縮や低コスト化が図れる。米国のスペース・システムズ/ロラールや、欧州のタレス・アレニア・スペース、日本の三菱電機など、多くの衛星メーカーはそれぞれ自社オリジナルの標準バスを取り揃えている。

中国空間技術研究院はこれまで「東方紅三号」や「東方紅四号」という標準衛星バスを主軸に販売していたが、これは2~5.5トンほどの衛星に対応している。それでも十分ではあるものの、世界には6~7トンもあるような大型の衛星が出てきつつある。人工衛星は大きければ大きいほどよい、というものではないものの、大きければその分多くの機器を積むことができるため、衛星の打ち上げ回数を減らしたり、搭載機器ひとつあたりのコストを低減できたりといった利点もある。

そうした世界の潮流と、おそらくは自国内の需要に対応するために開発されたのが東方紅五号だった。東方紅五号は最大で9トンの衛星にまで対応しており、今回の実践十八号も7トン台後半から8トンほどだったと報じられている。これは静止衛星としては(軍事衛星を除けば)世界最大である。

今のところ、これほど大きな衛星の需要が多くあるというわけではないが、中国が今後、この東方紅五号を積極的に利用し、自国内はもとより世界にも売り込んでいくようなら、また話は変わってくるだろう。

さらに実践十八号には、70Gbpsの高速データ通信機器や、機密性のきわめて高い通信ができる量子通信機器、レーザー通信機器、高推力のイオン・スラスター、推進剤の制御・管理システムなど、いくつもの先進的な技術が搭載されていた。しかし、打ち上げ失敗により、宇宙での実証試験の機会は失われることになった。

東方紅五号の想像図 (C) CAST

相次ぐ中国のロケットの失敗

最新鋭の大型ロケットが、それも全世界に生中継されている中で失敗したこともあり、普段は中国の宇宙開発について取り上げないような大手メディアもニュースにするなど、今回の失敗は大きな反響をよんでいる。

まず大前提として、古今東西、新型ロケットの打ち上げ失敗は珍しいものではない。とくに長征五号は、中国にとって新開発の技術をふんだんに使っていることから、この時期での失敗は"生みの苦しみ"であるともいえる。むしろ本格的な運用に入る前に失敗が起きたことは、不幸中の幸いであったともいえよう。

おそらく開発者たちも、運用の初期の段階で失敗することは、ある程度は織り込み済みだったはずであり、この失敗から学び、改良し、より信頼性を高めた上で、打ち上げが再開されることになると考えられる。

ただ、少し気がかりなのは、旧型の長征ロケット・シリーズが、この1年でそれぞれ1機ずつ打ち上げ失敗を起こしていることである。長征四号は昨年8月に失敗(今年6月に再開)、長征二号は昨年12月に、三号は先月、それぞれ失敗している。

今回の長征五号の失敗と直接の関連はないだろうが、中国のロケット開発に何らかの問題が起きている可能性は否定できない。

ちなみに中国のロケットの成功率は95%ほどであり、これは20機に1回失敗するという計算になる。そしてここ最近、旧型の長征ロケットは年間20機前後が打ち上げられており、あくまで計算上は毎年1機落ちてもおかしくはない。

しかし、旧型長征はもう何年も運用されている枯れた技術のロケットであり、また以前は問題のなかったところでつまずいていることなどを考えると、安定した生産や運用(品質管理)に何か問題があるか、あるいは新型の長征ロケットの開発や打ち上げを並行して進めていることで、無理が生じている可能性はあるかもしれない。

長征五号ロケット(昨年11月に打ち上げられた1号機のもの) (C) CASC

長征五号ロケットの打ち上げ(昨年11月に打ち上げられた1号機のもの) (C) CASC

中国の今後の宇宙開発への影響は

また、長征五号による打ち上げを前提とした宇宙計画に関しては、遅れなどの影響が出ることも間違いない。

たとえば今年11月に予定されていた、月に着陸して砂や岩石を採取して地球に持ち帰る無人の探査機「嫦娥五号」の打ち上げや、2018年から打ち上げが始まる予定だった大型の宇宙ステーション「天宮」のモジュール、さらに2020年に予定されている火星探査機の打ち上げなどは、すべて長征五号を使う予定だった。しかし今回の失敗によって、これらに数カ月から年単位での遅れが出る可能性が出てきた。

もっとも、宇宙計画が年単位で遅れることは、これまた古今東西よくあることである。小惑星探査機のような打ち上げが可能な時期がきっかりと決まっているのであれば大きな問題になっただろうが、月探査機も宇宙ステーションも、打ち上げ時期にそれほど厳しい制約はない。したがって、これらの遅れはそれほど深刻なことではない。

強いて言えば、実践十八号のような東方紅五号を使った、長征五号による打ち上げを前提とした大型の衛星の打ち上げも遅れることは、関係者を少し神経質にさせるかもしれない。

実践十八号が失われたからといって、東方紅五号や、実践十八号で試験される予定だった技術まで失われるわけではないが、これらの技術は、通信などのインフラで使うものであり、また宇宙ビジネスとも直結しているため、その影響は月探査機の打ち上げなどよりも比較的大きいかもしれない。

たとえば実践十八号で行われるはずだった数々の新技術の試験の機会は、数年にわたって延期となるか、あるいは既存の長征三号ロケットで打ち上げられる規模の衛星を使う計画に修正せざるを得なくなる。8~9トン級の静止衛星は、米国や欧州のロケットでも打ち上げられないことはないが、もちろん現実的ではない。

さらに、すでに東方紅五号を使った衛星の製造、打ち上げ計画や、実践十八号で試験される予定だった技術を実際に採用する計画が始まっていたとすれば、開発や打ち上げ時期の遅延などといった影響もあるだろう。

ただ、ロケットや今後の宇宙計画にいくらかの懸念はあれど、中国の宇宙開発に関する技術力や体力などを鑑みれば、それほど深刻なものではなく、この困難を乗り越えることは十分可能だと考えられる。

参考

http://www.spacechina.com/n25/n144/n206/n214/c1676903/content.html
http://www.cast.cn/Item/Show.asp?m=1&d=2883
Long March 5 suffers failure with Shijian-18 launch | NASASpaceFlight.com
China’s Long March 5 Fails on Second Orbital Mission, innovative Shijian-18 Satellite lost - Spaceflight101
Launch of China’s heavy-lift Long March 5 rocket declared a failure - Spaceflight Now