東京大学は、同大学物性研究所の原田慈久准教授、大学院生の山添康介氏、九州大学の高原淳教授、檜垣勇次助教、大学院生の犬塚仁浩氏らのグループが、大型放射光施設SPring-8の東京大学放射光アウトステーションビームラインBL07LSUを用いて、高分子電解質ブラシ中に存在する水が氷に似たネットワークを持つことを見出したことを発表した。この成果は4月26日、米国化学会(ACS)の「Langmuir」誌に掲載された。

中心の水分子が作る水素結合の模式図(出所:東京大学Webサイト)

固体基板上に高密度に固定化された高分子電解質である「高分子電解質ブラシ」は、「超親水性」と呼ばれる極めて水になじむ性質によって発現するため、水中において固体に良好な潤滑性・防汚性を付与できることで、新たな表面高機能化材料として注目されている。

超親水性は、高分子電解質ブラシに取り込まれた水のネットワークが、ブラシ表面の水のネットワークと滑らかにつながることで発揮すると考えられているが、高分子電解質ブラシ中の水がどのようにネットワークを形成しているのか詳細は分かっておらず、材料設計の指針を立てることができない。

今回、研究グループは、この高分子電解質ブラシ中の水の水素結合構造を解析するために、物質中の電子の状態分布を調べる手法のひとつである「軟X線吸収・発光分光」を用いて、結合に関与する電子の状態を直接観測した。

その結果、高分子電解質ブラシ中の水は、室温でありながら氷のように水素結合でつながれており、氷より歪んだ水素結合構造を持っていることが判明したという。この氷様の水は、ブラシ表面の水と異なるネットワークを持ち、超親水性を阻害する方向に働くものと考えられるという。

この研究によって、室温環境下で歪んだ氷様の水の状態が、高分子電解質ブラシの中に存在することが電子状態レベルで初めて明らかとなったが、この歪みの程度は今後の計算を待たなければならず、こうした特徴的な構造を作りだす原因の解明は今後の課題であるという。

中心の水分子が作る水素結合の模式図(出所:東京大学Webサイト)

このたび明らかになった高分子電解質ブラシ中の水は、ナノ領域に閉じ込められたことによる現象であり、ナノ領域に閉じ込められた水の性質は、生体細胞内の機能を議論する上でも注目が集まっている。

水は、人間を含む生物・非生物を問わず、さまざまな物質の中で溶媒、溶質として働いており、さまざまな環境下において水素結合を介した水のネットワーク構造の正しいモデルを得ることで、水を含むあらゆる物質の集合における水の役割を理解するきっかけが掴めることが期待されるという。

この研究は、高機能性表面を持つ高分子電解質ブラシ材料の開発に役立つだけでなく、生体適合性材料や細胞中の水のように、界面やナノ空間の水が発現する機能を解明する上でも役立つ成果として期待されると説明している。