「世界で一番良い搭載装置を搭載しよう」という意思

今回のMMXでフランスとの協力が決まり、なおかつフランスがもつ最先端の技術の提供を受けられる可能性が出てきた背景には、ある大きな意思がある。

JAXA宇宙科学研究所の常田佐久所長は「このMMXをはじめるとき、私たちは『搭載装置は世界中を探して、一番良いものを載せる』という考え方を明確に取る、と決めました」と語る。

日本は小惑星探査機「はやぶさ」で初めて本格的に惑星探査を行って以来、後継機である「はやぶさ2」も、金星探査機「あかつき」も、一部で海外からの協力などはあったものの、基本的には日本製で造られている。

しかしMMXでは、常田所長の言葉どおり、日本製にこだわらず、世界で一番良い機器を載せるという意思があり、その結果フランスとの協力が決まった。

そして同時に、日本がそのように宣言したところで、実際に提供してくれる国が現れるほどに、これまでの「はやぶさ」などによる探査の実績によって、日本が世界から認められるようになったことも意味している。

常田所長は「このミッションによって、JAXAと宇宙研の、宇宙探査を行うスタンスが劇的に変わったのだということを強調しておきます。これはJAXAの探査の、新しい展開であると捉えていただきたい」と語る。

日仏の協力の意味と意義について語るJAXA宇宙科学研究所の常田佐久所長

日本とフランスのリヴェンジ

MMXはまた、日本とフランスにとって新たな未知への挑戦であると同時に、リベンジという側面もある。

前述のように、火星の衛星に探査機を送り込もうという試みは今回が世界初ではなく、1988年にソ連が2機の探査機を打ち上げるも、共に失敗に終わっている。

当時のソ連は、多くにおいては欧米など西側とは距離をおいていたが、宇宙開発においては一部で協力しており、とくに探査の分野ではフランスと強いつながりがあった。1986年に地球にハレー彗星が接近した機会を狙って打ち上げられた「ベガ」探査機は、ソ連とフランス、その他いくつかの欧州諸国との共同で行われたミッションでもあった。

そのソ連が1988年に打ち上げたフォボス探査機「フォボス1」と「フォボス2」でも、フランスは観測機器を提供するなど、密接な関係にあった。そして当時、その観測機器にかかわっていた人物こそ、MMXのMacrOmegaの開発を担当するビブリング博士だったのである。

フォボス1は火星までの道中で故障して失敗に終わったが、フォボス2は火星の周回軌道に到達し、約2カ月にわたってフォボスのそばを飛行し続け、データを送り続けていた。その後、フォボス2はフォボスの表面すれすれを飛びながら、観測機器を投下、地中に突入させ、地面のデータを直接集めることになっていた。ところが、まさにそれを行う寸前で、大規模な太陽フレアが発生。その影響でフォボス2は故障し、そのまま失敗に終わってしまったのである。

かつてソ連が打ち上げたフォボス探査機「フォボス」 (C) IKI

フォボスの失敗当時のことや、MMXへの期待について語るビブリング博士

一方日本も、1998年に火星探査機「のぞみ」を打ち上げるも、道中でトラブルが発生。挽回に向けてさまざまな努力が重ねられたが、残念ながら実を結ばず、2003年に火星到達を断念、失敗に終わっている。

そのためMMXは、フランスにとっても日本にとっても、そしてそれぞれ過去のミッションにかかわっていた人々にとっても、火星とその衛星に向けたリベンジの機会となる。

日本とフランス、そして米国なども協力して開発されるMMX。順調に開発が進めば、2024年9月にも打ち上げられ、2025年に火星の衛星に到着。そして2029年に地球に帰還する。この7~12年という時間は、関係者にとっても、また私たちにとっても、長いようで短いものになるだろう。

なお、火星の衛星に秘められた謎や、その解明に挑むMMXの詳細については、あらためて別途、特集したいと思っているので、ご期待いただければと思う。

参考

JAXA | 火星衛星サンプルリターンミッションの検討に関するフランス国立宇宙研究センター(CNES)との実施取決めの締結、及び署名式の実施について
MMX - Martian Moons eXploration
Hayabusa 2/Mascot | Hayabusa 2/Mascot
Phobos (Fobos) spacecraft
Instrument ISM