「スマホを安く利用できる"格安SIMサービス"が気になる。でも様々な企業が同じようなサービスを提供していて、どこと契約したら良いか分からない」――。そんな悩みをお持ちの方も多いのではないだろうか。

実はサービスを提供する企業側でも「差別化ができていない」という、いわば同じ観点で悩みを抱えている。多くの契約者を抱えるインターネットイニシアティブ(IIJ)では今後、どのような方法で競合他社と差をつけ、収益を上げていく考えなのだろうか。都内で開催されたトークイベントで、担当者が戦略の一端を明かした。

IIJでは、どのようにして競合他社との差別化を目指していくのか? 担当者がトークイベントで説明した

IIJが目指す"フルMVNO"とは?

まずは簡単に用語を説明しておきたい。IIJは「IIJ mio (みおふぉん)」などの名称で格安SIMサービスを展開しているMVNO(仮想移動体通信事業者)。MVNOとは、基地局などの設備をMNO(移動体通信事業者)に借りてサービスを展開する事業者のことだ。国内の主なMNOとしては、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの大手3社が挙げられる。IIJでも大部分のネットワーク設備をNTTドコモから借りている。

MVNOでは、ネットワーク設備の大部分をMNOから借りている

IIJが15日に開催したトークイベント「IIJmio meeting 15」の中で、同社担当エンジニアの佐々木太志氏は「IIJでは”フルMVNO”を目指していく」と語った。フルMVNOとは、平たく言えば一部のネットワーク設備をMNOに頼らないで自社運営するMVNOのこと。佐々木氏は、こうした考えに至った背景とその狙いについて説明した。次の段落で、その要点をかいつまんで紹介していこう。

担当エンジニアの佐々木太志氏。「IIJでは”フルMVNO”を目指していく」と語った

MVNOが流行し、均一化した理由

現在のところMVNOの事業者数は600社を超えている(総務省の発表による)。MVNOがこれだけ拡大した理由として、佐々木氏は2008年5月に改定された「MVNOとMNOの契約関係の整理に関するガイドライン」、いわゆる”卸標準プラン”の存在を挙げた。このプランによりMVNOは、MNOと長い時間をかけて協議せずとも事業をスタートできるようになった。つまり卸標準プランが新規参入のハードルを下げ、この結果としてMVNOが爆発的に増えたと説明する。「しかし」と、佐々木氏は続けた。

2008年5月制定の”卸標準プラン”により新規参入のハードルは下がった。これが今日の格安SIMサービスの流行につながっている

「この卸標準プランは、2008年の時点ではあくまでテンプレートとして定められていた。契約の細部は、MNOとの協議により適宜変更できるはずだった。それが、いまでは提供条件のデファクト(事実上の標準)のようになっている」と佐々木氏。同氏が言葉を強めてこう指摘する背景には、ネットワーク設備の一部を自社で運営したいと申し出ても、なかなか通らなかったことへの不満がある。

IIJに転機が訪れたのは2016年8月のこと。それまでNTTドコモに求めていた、HLR / HSSと呼ばれる加入者管理機能の連携が、ようやく認められたのだ。これによりMNOの都合に依らず、いつでもSIMカードを自前で発行することが可能になった。同社ではこれを受け、2017年度下期にも”フルMVNO”としてのサービスを提供開始するという。では具体的に、どのようなサービスが実現するのだろうか。

NTTドコモに求めていた加入者管理機能の連携が2016年8月に実現。IIJでは2017年度下期に”フルMVNO”としてのサービスを提供開始したい考えだ

「IoTぬいぐるみ」市場にIIJも参戦

佐々木氏が見据えているのは、来るべきIoT時代だった。「自前のSIMを用意することで、様々な業種に展開できる。これにより収益化が期待できる」と同氏。例えば、機械に組み込むチップ型のSIM、真夏の炎天下でも利用できる耐熱性のSIM、通信速度を問わない用途に向けたローエンドのSIM、高速通信に特化したハイエンドのSIM、このほか防水、耐衝撃、耐久年数やセキュリティといった企業のニーズに合わせたSIMを展開することを考えている。

IoTのイメージ(左)。HLR / HSSの運用により自前のSIMが発行できるため、IoT製品の展開も視野に入ってくる(右)

企業に向けたサービスだけにとどまらない。IIJのSIMを組み込んだ製品を、消費者の手もとにも届けていきたい考えだ。

家電製品、乗用車、健康器具など、IoT製品の展開できる分野には限りがない。例え話のひとつとして同氏が紹介したのは、SIMカードを内蔵した"テディベアのぬいぐるみ"だった。クラウドとつながることで音声認識機能が利用可能で、これにより子どもとの会話が成立する。そんな夢のある製品だが、組み込み型のSIMを利用しないと具合が悪いという。

というのも、ぬいぐるみの特性上、Wi-Fi設定(あるいはAPN設定)のためのディスプレイは内蔵できない。そもそも購入者に想定されるのは、孫に買ってあげたいシニア層なので、難しい接続設定なしに購入してすぐに利用が開始できる製品でなければならない。そうしたことまで加味すると、組み込み型のSIMが最適となるようだ。ちなみに2016年から2017年にかけ、au未来研究所やNTTドコモも、通信機能を備えたクマ型ぬいぐるみの開発を発表している。

佐々木氏は「IIJが独自にSIMカードを発行することでIoT製品の設計には自由度が増し、参入する企業のハードルも下げられる」と話し、他の企業にとってもメリットがあることを強調した。

まとめ。IIJがフルMVNOになることで、通信サービスの競争が実現できる。IoT製品の設計に自由度が増し、参入する企業のハードルも下げられる

成熟した市場では、新しいサービスを始めても競合他社が追随するため、どうしてもサービスの均一化が進んでしまう。モバイル業界においてはすでに、提供するサービスや料金プランで差をつけることが難しくなりつつあるのが現状だ。こうした中、IIJの取り組みは今後のMVNOの可能性を広げるものといえる。