迫る期限、機を見るに敏なスペースX

しかし、EM-2の前倒しには、安全性の問題と同時に、EM-1で使うオライオンやSLSにそのまま人を乗せることはできず、どこまで前倒しできるかわからないという問題もある。

たとえばオライオンには、宇宙飛行士の生命維持システムやコクピット、ロケットからの脱出システムを積む必要がある。一方SLSは、新開発のEUSを使う必要こそないものの、ICPSは有人飛行ができるように造られていないため、新たに改修が必要になる。

もちろん、本来のEM-1に使うはずだった予算や人員を当てれば、2021年よりは前倒しできる可能性はあるが、確実ではない。

今のところNASAは、ホワイトハウスからそのような指示を受けたことは明かしているが、当面は引き続き、従来の予定どおりEM-1とEM-2の開発を進めるという。EM-2の前倒しが可能か不可能かについては調査中であり、1~2カ月で結論を出したいとしている。

またNASAはすでに、EM-1を通常どおり実施し、一方でEM-2を前倒しするという選択肢も検討したものの、EM-1とEM-2とで必要な地上設備が異なり、その変更には最短で33カ月かかるため、2021年には間に合わないという結論が出たという。つまりEM-1を中止しない限り、EM-2の前倒しはできない。

EM-1で有人飛行を行うために必要な準備作業を考えると、決断までに残された時間は多くない。

そして、このトランプ大統領の注文が波紋を広げていた2月27日には、イーロン・マスク氏率いるスペースXが突如、「2018年末に2人の民間人を月へ打ち上げる」という計画を発表した。2人を自由帰還軌道で月と往復させるというのは、まさにNASAが検討しているEM-2の前倒し案と同じである。

実現するかはともかく、スペースXはトランプ大統領に対して「私たちならNASAより先に月に人を飛ばせる」とアピールしたに等しい。またスペースXは米国の企業であり、ロケットや宇宙船の製造も米国内で行われているため、スペースXがNASAより先に月へ人を送ったとしても、それはトランプ大統領が言うところの「偉大なアメリカ」が成し遂げたことになる。トランプ大統領はこの発表に対して反応はしていないが、今後、民間に優先的に振り分けるような宇宙予算を組むようなことはありうるだろう。

一方NASAにとっては、無人飛行であるEM-1と同時期にスペースXが有人飛行を成し遂げてしまうと、面目は丸つぶれとなる。たとえEM-2を前倒ししても、同時期か、あるいは遅れての実施になることになる(もちろんスペースXの計画も遅れる可能性はある)。今のところNASAは、このスペースXの発表に対して、ひとまず歓迎する声明を発表しているが、内心苦々しく思っているのではないだろうか。

はたしてNASAは、トランプ大統領の要請にどう答えるのか。そしてそれを受けて、どのような宇宙政策を立てるのか。そこにスペースXの発表は何らかの影響を与えるのか――。NASAの有人宇宙計画は、日本や欧州の有人宇宙計画にも影響を与えることから、その動向に注意したい。

スペースXは2月27日、有人月飛行計画を発表した (C) SpaceX

月へ向かって飛ぶスペースXの「ドラゴン2」宇宙船 (C) NASA

参考

NASA to Study Adding Crew to First Flight of SLS and Orion | NASA
NASA studying whether to add astronauts to first launch of new super booster - Spaceflight Now
Investigating the potential of including a crew on the maiden flight of SLS | NASASpaceFlight.com
EM-1 could become Apollo 8 for the 21st century - SpaceFlight Insider
2017 Joint Address | whitehouse.gov