東京大学(東大)は、音楽を演奏する際、演奏のテンポがしばしば意図をしていないにも関わらず速くなってしまう、いわゆる演奏/テンポが「走る」と呼ばれる現象について、一定リズムを保つタッピング課題を2人組で行う場合、2人の間で起こる時間的に非対称なタイミング調節により起こり得ることを明らかにしたと発表した。

同成果は、同大大学院総合文化研究科の岡野真裕氏(博士課程3年)、同 進矢正宏 助教、同大 大学院情報学環/総合文化研究科の工藤和俊 准教授らによるもの。詳細は「Scientific Reports」に掲載された。

これまで、テンポの高速化については演奏現場では、演奏者の緊張や高揚といった生理・心理的な要因によって起こると考えられていた。今回の実験では、メトロノームと同期させたリズミカルな指タッピングから始め、メトロノームが停止した後も同じテンポでタッピングを継続する「同期-継続課題」と呼ばれる課題を、一般成人24名(12ペア)がソロ、ペアの2条件で実施。その結果、ソロ条件では、徐々に速くなり続けた試行、遅くなり続けた試行、数十秒程度の周期で加速・減速を繰り返した試行とさまざまなパターンが見られたが、ペア条件では、どの初期テンポでも80%以上の試行で徐々に速くなり続けることを確認。最終的にペア条件では、タップ間隔が平均で約7~9%減少したほか、連続する2つのタップ間隔の差(タップ間隔の調整量)は、直前のパートナー間でのタップ間隔の差と相関し、タップ間隔の調節量のバラつきは、その直前のタップ間隔の差によって36%~55%ほどであり、その決定力は、各ペアの中でソロを速く叩きがちな方の参加者でも、そうでない参加者でも、統計的に有意な違いはなかったという。

ソロ・ペアでの同期-継続課題のイメージ。ソロ条件では参加者は、最初の10秒間、メトロノームとシンクロして指タッピングを実施。10秒後、メトロノームは停止するが、参加者はそのままのテンポを維持してタッピングすることを求められた。一方のペア条件では参加者は元のテンポの維持に加え、パートナーとのシンクロの維持も求められた

この結果を受けて研究グループでは、ペア条件では参加者が互いのタップ間隔の差にもとづいて自身の次のタップ間隔を調節し、その結果としてタップ間隔の短縮、すなわち加速が起こったことを示すものであると説明。高速化の背景には、テンポ同期のためのタイミング調節における、時間の知覚や処理の非対称性があることが考えられるとしており、将来的に、音楽パートナーの行動をアルゴリズムレベルで理解することにつながるほか、合奏の練習を支援する環境の開発につながる可能性があると考えられるとしている。

タップ間隔の典型例と20秒ごとの参加者間平均。左はタップ間隔の時系列波形。ペア条件では80%以上の試行で徐々に加速していた一方で、ソロ条件では加速および減速両方のパターンが認められた。右はタップの初期テンポを変えたときの動き。いずれの条件においてもペア条件ではソロ条件よりタップ間隔が短くなることが確認された(縦の棒は標準偏差を示している)