Exploration Mission 2 (EM-2)

オライオン初の有人飛行にして、アポロ計画以来の有人月飛行にもなるミッション「EM-2」(Exploration Mission 2)は、現時点で2021年8月以降の実施が計画されている。搭乗する宇宙飛行士の数は最大4人で、今後の検討によって正確な人数を決定するとしている。またサービス・モジュールをESAが提供することから、最低1人はESAの宇宙飛行士が搭乗することになる可能性が高い。

EM-2でも打ち上げにはSLSを使う。ただ、EM-1で使われるSLSブロック1ではなく、EM-2ではSLSブロック1Bと呼ばれる機体が使用される。主な違いはロケットの第2段で、EM-1では「デルタIV」ロケットの第2段から流用したものを搭載するが、EM-2ではより強力な「Exploration Upper Stage」(EUS)という新開発の機体を搭載する。

このSLSブロック1Bによって打ち上げられたオライオンは、まずEUSとともに地球をまわる円軌道に乗る。そして軌道を2周し、その間にオライオンの健全性が確認され、もし何か異常が見つかれば即座に帰還できる。

機能が確認された後、EUSのエンジンを再点火し、地球に最も近い高度が926km、最も高い高度が3万5200kmの軌道に乗る。高度3万5200kmというと、通信衛星や気象衛星「ひまわり」などの静止衛星がまわっている静止軌道とほぼ同じくらいの高さで、まだ月には届かない。この軌道に乗ったあと、EUSとオライオンとは分離され、ここからようやくオライオンは単独で飛行する。

そしてオライオンの機能や宇宙飛行士の健康など、すべての準備が整えば、オライオンのサービス・モジュールにあるエンジンに点火し、いよいよ月へ向かう軌道に乗る。

このように、月へ向かう前に複数の軌道変更を行うことから、この計画は「複数の月遷移軌道への投入」(Multi-Translunar Injection, MTLI)と呼ばれている。

オライオンは途中軌道修正を行いつつ、約3日かけて月に近付く。そして月の重力につかまると、月の裏側を通ってUターンし、そのまま地球へ向かって戻る軌道に入る。このときオライオンは基本的にエンジンを動かす必要はなく、ごく自然に地球へ帰ってくることができる。

EM-2の打ち上げでは、新開発の第2段を積んだ「SLSブロック1B」が使用される。ブロック1と比べると、第2段部分が大きくなっている (C) NASA

月に近付くオライオン (C) NASA

こうした、放っておいても月でUターンして地球に帰ることができる軌道のことを「自由帰還軌道」という。この軌道はアポロ計画でも実際に使われ、月往還飛行をした「アポロ8」や、史上初の月着陸を果たした「アポロ11」などでは、まずこの自由帰還軌道に宇宙船を投入し、その後軌道修正を行い、目標の軌道に入るような運用が行われた。そのあいだに問題が起きれば、そのまま地球に帰ってこられるように配慮されていたのである。大事故となった「アポロ13」でも、宇宙飛行士の救出のためこの軌道が使われたが、事故が起きたのは軌道修正後だったため、月着陸船のエンジンを噴射し、自由帰還軌道に"戻す"作業が行われた。

月をUターンし、地球へ帰還する軌道に乗ったオライオンは、また約3日ほどかけて宇宙を飛び、そして地球の大気圏に再突入し、海上に着水する。打ち上げから帰還まで最短でも8日、また今後の検討などによっては最長21日間にまで延長される可能性もあるという。

このEM-2によって、オライオンの生命・環境維持システムや、耐熱シールド、パラシュートといった各システムが、本当に有人飛行、それも長期間の飛行に耐えられるのかどうかが試験される。

EM-2の飛行計画を表した図。打ち上げから帰還まではおおむね8日間かかる計画である (C) NASA

用心深くなったEM-2

EM-2は以前から計画自体はあり、これまでさまざまな検討が繰り返されてきた。たとえば以前は、オライオンを月の周回軌道に入れて、3~6日ほど滞在させるなど、より長期の飛行を行うことが考えられていた。また、小惑星の一部を無人探査機で月周辺まで運び、そこにオライオンで宇宙飛行士を送り込んで探査する「小惑星転送ミッション」計画と絡め、その最初の飛行をEM-2で実施するという構想もあった。

今回発表された計画は、こうした検討内容と比べるとややトーンダウンした感は否めない。しかし、月を周回しない自由帰還軌道での飛行であることや、月へ向かう前に地球周回軌道で数日待機することと合わせ、良く言えば安全寄りの、用心深いものになった。オライオンが有人で、それも何日も飛び続けるのはこれが初めてのことであり、なるべくリスクを犯さないようにするのは妥当と言えよう。

もしEM-2が無事に成功すれば、いよいよ次はDROへの有人飛行が行われ、小惑星転送ミッションで運んできた小惑星への探査飛行と続き、そして有人火星飛行への道が開かれることになるだろう。

衛星や探査機なども相乗り

このEM-2のもうひとつの特長は、オライオンといっしょに複数の衛星や探査機(ペイロード)も月へ飛行することにある。

SLSのEUSとオライオンのあいだに「ユニバーサル・ステージ・アダプター」と呼ばれる部分がある。名前のとおり、SLSとオライオンとを接続するアダプターなのだが、その内部は286m3ほどの空洞になっている。本格的に月や火星に向けた飛行が始まれば、ここには宇宙飛行士が長期の宇宙滞在をするための居住モジュールなどが搭載されることになるだろうが、今回は月に着陸しないし、飛行期間も短いため、ほぼまるまるそのスペースが空く。そこで、ここに国内外から広く募集したペイロードを搭載することになった。

この相乗りペイロードは「CPL」(Co-Manifested Payload)という名前で呼ばれており、SLSのEUSはオライオンを分離した後にCPLも分離。CPLは月へ向かう軌道に乗り、そして月をまわる周回軌道に入る。

CPLはまだ選定が行われている最中であり、どのようなものが搭載されるかは決まっていないが、たとえば月着陸の試験機や、月の地表や月周辺の環境を調べる観測衛星などが搭載されることになろう。

CPLは、SLSのEUSとオライオンの間にある「ユニバーサル・ステージ・アダプター」に搭載される予定 (C) NASA

月への険しい道

EM-2は現時点で2021年8月以降の実施が計画されているが、実施のための予算が十分に確保されているわけではないため、2022年への延期もありうるとしている。

またEM-2の次、EM-3からEM-10までの検討も進んでおり、おおむね1年に1回のミッションを行うとしている。たとえば2026年のEM-6では、小惑星転送ミッションで月周辺に運んできた小惑星への探査飛行を行うことなどが計画されており、また、先日お伝えした国際共同による月ステーションの建造が実現すれば、ロシアの宇宙船などとともに、SLSとオライオンによってステーションの建造や宇宙飛行士の輸送が行われることになろう。

しかし、これらも予算の裏付けがあるわけではなく、今後、内容や実施時期が変わっていく可能性は十分ある。

EM-2と、その後の計画がどうなるかの鍵を握るのは、今後数年の米国の宇宙政策がどうなるか、すなわちトランプ次期大統領と、その政権の意向にかかっている。

幸いにも、トランプ氏とその宇宙政策アドバイザーは有人宇宙探査に興味を示していると伝えられている。彼らの主張する「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」というスローガンからすると、有人飛行がもつ話題性はうってつけなのだろう。一方、共和党のなかからは、かねてより小惑星転送ミッションに批判的な声が出ているため、その点は修正する必要が出てくるかもしれない。

しかし不幸にも、有人宇宙探査を行うのに必要な予算を捻出するため、NASAやNOAAなどの気候・地球環境観測ミッションの予算を削るとも伝えられている。トランプ氏はこれまで地球温暖化について「陰謀だ、でっちあげだ」などと語っており、その影響が及ぶ可能性が出てきているのである。

有人宇宙探査は米国国民から根強い支持があり、NASAにとっても大きなチャンスでもあり、アポロ計画で月に人間を送り込んだ米国が再びそれを成し遂げる意義は、彼の国にとっては非常に大きい。しかしその一方で、地球温暖化や気候変動といった問題にとっては、過去から現在、そして未来にかけて、絶え間ない継続的な観測が必要不可欠である。

今後、NASAは難しい舵取りを強いられることになるかもしれない。

【参考】

・First Flight With Crew Will Mark Important Step on Journey to Mars | NASA
 https://www.nasa.gov/feature/nasa-s-first-flight-with-crew-will-mark-important-step-on-journey-to-mars
・Exploration Mission 2 (EM-2) Co-manifested Payload (CPL) Request for Information (RFI) - Federal Business Opportunities: Opportunities
 https://www.fbo.gov/index?s=opportunity&mode=form&tab=core&id=4eb24ffa232753298a40bc584017fbc1
・NASA’s Cautious Approach To Human Lunar Return | Space content from Aviation Week
 http://aviationweek.com/space/nasa-s-cautious-approach-human-lunar-return
・NASA considers shorter first crewed SLS/Orion mission - SpaceNews.com
 http://spacenews.com/nasa-considers-shorter-first-crewed-slsorion-mission/
・References - Research into NASA's Asteroid Redirect Mission
 http://ccar.colorado.edu/asen5050/projects/projects_2013/Johnson_Kirstyn/finalorbit.html