駒下さんは、関西大学に通う1年の頃からはじめたカメラに没頭。「自然な表情を優しいトーンで切り取る」と駒下さんの写真は、ネットで撮影画像をアップできるスナップサイトなどで大人気になった。

「当時とくにうれしかったのは、自分が撮った写真が、その人のツイッターやフェイスブックのアイコンとして使われていたことでしたね。自分に誰かを喜ばせられる力があることを感じ、純粋に写真を撮るモチベーションになっていました」(駒下さん)。

ところが駒下さんは、自分がいつしか「誰かのために」ではなく、「自分のために」を撮っていることに気づいたという。きっかけは、大学2年の冬にカメラマンとして手伝っていた大学のミスコンイベントが終わたとき。感動して周囲のスタッフが皆、泣いている中、自分だけまったく涙が流れなかったことだった。

「なぜ自分だけ泣けないのか…と考えると、僕は自分のことばかり考えて写真を撮っていたからだと気づいたんですよ。お客さんや周囲のスタッフではなく、自分だけを喜ばすためにイベントに参加していた。ちっぽけな個人の承認欲求のために写真を撮っているだけだから、ちっぽけな充足感しかなかったんだと思います」(駒下さん)。

だから、その後は「誰かのために写真を撮って喜んでもらえるにはどうすればいいか?」と自問する日々がしばらく続いた。そして、あるとき、偶然みかけたカップルがいかにも楽しげにデートしている姿をみて、「ああいうカップルの楽しげな姿を撮影したら、喜ばれるのでは?」と思いついたという。

「最初にカメラを持った頃のピュアな感情で写真に向き合える。そして撮った人にも喜ばれる。これは自分が撮るべき作品のテーマだろうなと思ったんです。そして最初は周囲のカップルに声をかけて、自分のツイッターやフェイスブックに載せたら…」(駒下さん)。

ラブグラフのサイト。撮影依頼はすべてこのウェブサイト経由で行える。またラブグラフのカメラマンもこちらから応募可能。定期的に撮影教室も実施している

これが反響を呼んだ。駒下さんの得意とする、やわらかな光線の中で、優しく微笑むスナップは、カップルの幸せを切り取ると抜群に映えた。だから「かわいい」「うらやましい」という声が駒下さんのSNSに殺到した。その中に、後に共同創業者となる友人の村田あつみさんがいた。

「彼女は学生をしながらすでにWeb のデザインやディレクションをしていた。そんな彼女が『もっと大勢の人にみてもらえるようにWebサイトをつくれば』というので、そのまま依頼したんですよ」(駒下さん)。

サイトの名を「ラブグラフ」とした。

いうまでもなく「ラブ(愛)」と「フォトグラフ(写真)」をあわせた造語だ。

サイトができると駒下さんの撮ったカップル写真はさらに人気を増した。サイトを立ち上げた直後に、女性向けキュレーションサイトに取り上げられ、自分もこうした自然なカップル写真を撮ってほしい!」と、依頼が殺到しはじめた。

「そこで撮影料5,000円+実費交通費で、スケジュールがあえばカップルの撮影をするようになったんですよ。こうして『ラブグラフ』は、2014年にあくまで僕の作品サイトとして、小さく立ち上がったというわけです」(駒下さん)。

もっとも、あまりに依頼が多く、すぐに駒下さんひとりでは撮影を回せない状態になった。何より当時、大阪にいた駒下さんに、山梨や福岡など遠方からの依頼もたびたび入るほどだった。往復交通費が3万円を超え、移動だけで5時間以上かかるような場合もあったからだ。「なんだかもうしわけない…」。そんな思いが、「ラブグラフ」を事業としてあらためて起こす契機になった、というわけだ。

このときにスナップサイトなどを介して得た全国のカメラマンのつながりが生きた。サイトに撮影依頼が入ると、彼らに「東京での撮影を希望されていますが、どなたか撮れる方、いませんか?」とSNSを介して、つなげていった。

「最初の頃は、地道に1件ずつ紹介するというスタイル。途中、さすがに依頼も増えてきたので、村田から『Web上で受発注できるシステムをつくったほうがいいんじゃない?』と薦められて、今のようなプラットフォームができた。そして『ここまできたら』とそのまま起業に至った。だから、本当に自分の作品づくりの延長で、ここまできた、という感じですね」。

しかし、作品ありきから生まれた事業だったからこそ、「ラブグラフ」は成功したともいえそうだ。

まず「『ラブグラフ』らしい写真」という撮影の質が揃えやすかったことがある。そもそも「柔らかな光の中で優しい表情でたたずむカップルを撮る」という駒下さんの作風に魅かれて多くの利用者がついた。加えて、提携するカメラマンも、そうした作風に共感する人が多かったため、「求めている写真のイメージ」が明確で、質を揃えやすかったわけだ。 それが今も、若者の一部でよい雰囲気のカップルの写真を指して「ラブグラフっぽい」といわれることのゆえんだろう。

もっとも、駒下さんは、カメラマンに関しては技術よりも、撮影の意識やコミュニケーション力を重視して面接、採用しているという。

「カップルの自然な写真を撮るためには、やっぱりカメラマンが被写体と仲良くなる必要がある。いくらテクニックがあっても、心を開いてもらうことができなければ『ラブグラフ』のような自然は写真は撮れないので。だからカメラマンの面接のときは『うちはカップルを撮る会社ではなく、人を幸せにする会社です』と僕らの理念から伝えるようにしています。まさに昔の僕のように『自分のため』に撮るのではなく、誰かのために『撮る』ことをしてもらいたい。それが結果として質の高さにもつながると信じているので」(駒下さん)。

最初は恋人だったが、恋人から夫婦になるタイミング、あるいは子どもができたタイミングなど継続して撮影依頼するカップルも少なくない。また、今後はさらに「ペット」や「親子」などの撮影も増やしていく予定だという。

「僕らが撮っているのは“恋”じゃなくて“愛”なんです。ペットも親子も“愛”ですからね。また愛のように人が人を思いやる気持ちって時代が変わり、どんなにテクノロジーが発達しても残る本質みたいなものだと思う。これを追い求めて、多くの人に幸せを提供し続けることが、本当の意味で僕らの仕事だと思っているんですよ」(駒下さん)。

リピーターが多い理由は、この“理念"にありそうだ。

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