ERG
ジオスペース探査衛星のERG(エルグと発音する)という略称は、Exploration of energization and Radiation in Geospace(地球周辺の宇宙空間にあるエネルギーの動きや放射線の探索)の頭文字から取られている。
計画には国内外の25の大学や研究機関から、100人以上の研究者が参加しており、また後述する低エネルギー電子分析器は台湾の中央研究院天文および天文物理研究所が開発と製造を担当するなど、国際プロジェクトとなっている。
機体は1.5 x 1.5 x 2.7mの直方体の形をしており、質量は約350kgで、人工衛星としては小型の部類に入る。衛星の上部からはそれぞれ全長5mの長さをもつ進展マストが2本、上部四隅あたりから四方向に向けて飛び出ている全長14mのワイヤー・アンテナが4本取り付けられている。
この小型の機体の中に、世界最先端の性能をもつ計8つの観測機器が搭載されている。 そのうち電子を観測する装置は計4つで、低いエネルギーの電子から、高エネルギー、超高エネルギー、さらにその中間のエネルギーの電子まで、まんべんなく、そして細かく観測することができるようになっている。これまでは、ヴァン・アレン帯にある高エネルギーの粒子の影響が大きく、比較的低いエネルギーの粒子を計測することは難しかったという。そこでERGでは、高エネルギー粒子の影響を軽減するための覆いを搭載したり、新開発の技術を投入することで、低いエネルギーの粒子の観測も可能になった。
また、イオンのエネルギーと質量を分析する機器も2つ搭載しており、こちらも低いエネルギーから高いエネルギーまでのイオンを観測することができるようになっている。
ERGの観測機器。左が中間エネルギーイオン質量分析器(MEP-i)、右が低エネルギー電子分析器(LEP-e) |
ERGの観測機器。左が高エネルギー電子分析器(HEP-e)、中央が中間エネルギー電子分析器(HEP-i)、右が低エネルギーイオン質量分析器(LEP-i) |
進展マストの一方の先端には、磁場を観測する装置(MGF)が取り付けられている。地球周辺の宇宙空間では「リングカレント」と呼ばれる電流が流れており、これが強くなったり弱くなったりすると、背景の磁場構造が変化する。地球周辺の宇宙空間の粒子の分布や軌道は、このリングカレントによる磁場の変化の影響を受けることから、その変動を正確に計測することで、リングカレントの降下や発展を理解することができるという。またこの磁場観測機は、欧州と日本が共同で実施する水星探査計画「ベピコロンボ」の日本側探査機「水星磁気圏探査機」(MMO)に搭載されているものとほぼ同一の設計で、ヴァン・アレン帯を観測するためにカスタマイズが施されているという。
さらに進展マストのもうひとつの先端には磁場の成分を観測するセンサが、またワイヤー・アンテナには電場の成分を観測するセンサが取り付けられ、これらによって電場と磁場のデータを取得し、空間に存在する電場や、プラズマ波動の伝搬方向、エネルギーの流れがどうなっているかを観測する。
また観測された中間エネルギーから超高エネルギーの電子と、プラズマ波動とのエネルギーの交換過程を計算する、新開発の解析装置も搭載されている。
広い範囲の粒子やその変動を、非常に細かく観測することから、観測データも膨大なものになる。そのデータを素早く地球に伝送するため、高速ネットワーク機器も搭載。それでもすべてのデータを送ることはできないため、衛星の中でデータ処理を行ったうえで伝送したり、容量の大きな記憶媒体に保存したりと行ったことも行われる。それぞれの観測機器も含めて"インテリジェント"な設計になっていることも、ERGの大きな特長である。
ヴァン・アレン帯に突入せよ
こうした最先端にして精密な観測機器を積んだERGは、ヴァン・アレン帯を詳しく探るために、地表からの高度が低いところで300km、高いところで3万3200kmというとても長い楕円の軌道に乗り、まさにヴァン・アレン帯の中に突っ込むようにして飛ぶ。これによりヴァン・アレン帯の中心部に長時間滞在し、観測することもできる。また軌道は赤道面から31度ほど傾いており、これによりヴァン・アレン帯をたすき掛けするように飛んで、その全域を観測することができる。
しかし、ヴァン・アレン帯は強い放射線があるため、コンピュータなどが誤作動を起こす危険があり、精密機器のかたまりのような人工衛星にとっては長居したくない場所である。その中にあえて突っ込み、さらに高い精度で観測を行うためには、衛星本体や観測機器などを強い放射線に耐えられるように造らなければならない。
そこでERGでは、強い放射線にも耐えられる部品や材料を採用したり、衛星の壁を重くなりすぎない程度に厚くしたり、衛星本体から電気や磁気のノイズがでないようにしたりといった、難しい造りが要求された。
その難しさは当初の予想を超えるものだったという。そのためERGの開発は難航し、完成が計画から1年ほど遅れることになった。しかし、設計から試験まで、また機器や部品から衛星としてのシステム全体に至るまで一貫した、ノイズを出さないようにする対策や、過去に打ち上げられ、ヴァン・アレン帯やその周辺を飛び続けた磁気圏観測衛星「あけぼの」や「GEOTAIL」などの経験が活きているという。
2016年12月20日に打ち上げへ
ERGの打ち上げは「イプシロン」ロケットの2号機で行われる。打ち上げ予定日時は2016年12月20日の20時から21時のあいだに設定されている(11月15日現在)。
打ち上げ後、ERGはまず観測機器を立ち上げたり、進展マストを伸ばしたりといった複雑な動作を行う「クリティカル・フェイズ」を約1カ月ほどかけて実施し、続いて試験運用を2カ月ほど行い、その後定常運用に入る。対策が施されているとはいえ、それでもヴァン・アレン帯の中を飛び続けるのは大きな負担がかかるため、運用期間は1年ほどと見積もられている。
さらにERGだけの観測にとどまらず、地上からの観測や、コンピュータを使ったシミュレーションとも密接に連携を取ることで、総合的なヴァン・アレン帯探査が行える体制が組まれている。
またERGと前後し、米国などもヴァン・アレン帯やその周辺を探査する衛星を打ち上げている。たとえば2007年には米国航空宇宙局(NASA)が「テミス」を、2012年には同じくNASAがヴァン・アレン帯探査衛星「ヴァン・アレン・プローブズ」を打ち上げ、観測を行っている。また2017年には、米国空軍も「DSX」という衛星の打ち上げを予定している。こうした複数の衛星によって同時に観測を行うことで、協調して研究を進めることができるという。
ERGによる観測は、長年の謎だったヴァン・アレン帯がどのようにして作られているのかというメカニズムの解明につながることが期待されているほか、木星をはじめとした、磁場をもつほかの惑星や天体における高エネルギー粒子のふるまいの研究にも応用できるという。またERGの開発で培われた技術は、木星など強い放射線環境のもつ場所を目指す探査機の開発にも役立つ。さらに、宇宙天気予報の精度の向上は、人類が宇宙で活動する際の安全性を確保することにつながる。
ヴァン・アレン帯に突入し、その発見以来の謎を解き、世界第一級の科学成果を出すことを目指し、そして私たちの生活や将来の人類の宇宙活動にとっても非常に重要な役割を果たす、ERGの果敢な旅がいま始まろうとしている。
【参考】
・ISAS | ジオスペース探査衛星(ERG) / 科学衛星
http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/erg/
・ISAS | ジオスペース探査衛星 ERGプロジェクト / 宇宙科学の最前線
http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2013/takashima_miyoshi/index.shtml
・ISAS | ジオスペース最高エネルギー 粒子誕生の謎を追う 放射線帯の研究 / 宇宙科学の最前線
http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2006/miyoshi/index.shtml
・ISAS | 小型衛星ERGによるジオスペース探査 / 将来計画
http://www.isas.jaxa.jp/j/special/2005/plan/17.shtml
・放射線帯50のなぜ
http://www.isee.nagoya-u.ac.jp/pub/naze/housha.pdf
・Van Allen Probes Mission Overview | NASA
http://www.nasa.gov/mission_pages/rbsp/mission/index.html
・DSX - eoPortal Directory - Satellite Missions
https://directory.eoportal.org/web/eoportal/satellite-missions/d/dsx