女性向けの月額制ファッションレンタルサービス「airCloset」の勢いが止まらない。毎月9800円でプロのスタイリストによるパーソナルスタイリングを体験でき、制限なしで何度でもアイテムをレンタルできるサービスのことだ。
2015年2月のサービスイン直後には2万5000人の登録希望者が殺到し、現在会員数は9万人を突破した。4月に開催された日本最大級のファッション&音楽イベント「GirlsAward」では、ファッションレンタル業界史上初めてランウェイに登場。10月14日には表参道にリアルショップ「airCloset × ABLE」をオープンするなど、オンラインにとどまらぬ展開を見せている。
エアークローゼットの代表取締役CEOである天沼聰氏は、海外の大学を卒業後すぐに帰国し、IT戦略系のコンサルタントを10年弱務めたのち、楽天でグローバルマネジャーを3年弱務め起業したIT畑出身。「私のバックグラウンドはすべてITとWeb」と語る天沼CEOに、ファッションレンタルサービスの戦略から今後の展開まで話を伺った。
同じ系統のショップで同じような洋服を買ってしまう女性たち
―― まずサービスを立ち上げた経緯を教えてください。
きっかけのひとつは、妻や友人の女性が感じるというショッピングへの課題感です。たとえば妻は出かけるとき、「着ていく服がない」とクローゼットの前で悩むのです。私の10倍くらい服を持っているのにも関わらず(笑)。買い物に出かけても、妻は同じ系統のショップで似たようなアイテムばかりを買おうとします。
もっといろいろなデザインを楽しめればいいのにと思うのですが、働く女性の環境は変化しており、ファッションに割ける時間が減っています。そのためアイテムやコーディネートに固定概念が生まれ、似たような組み合わせになってしまうのです。
そこでより多くの服と出会う体験を提供し、新しい服を試してもらう機会を増やせられれば、コーディネートの幅が広がり、新しい自分に出会えるのではと思いました。その手段として考えたのがレンタルです。働く女性やママは忙しいので、ライフスタイルは変えずに洋服との出会いを提供したい。それを実現するために、プロのスタイリストを導入し、月額制で自由に借りて返却できる形態にしました。
――想定するターゲットを詳しく教えてください。
ペルソナは20代から40代後半の働く女性やママです。利用者は30代が最も多いですが、40代以上も増えています。洋服と出会う機会が減るのは、社会的に責任が増え、ファッションに使える時間がなくなっていく30代以降。40代になると広げる機会を見つけるほうが難しいです。だからこそ、洋服との出会いを提供できるairClosetに喜んでいただけているのかなと思います。
――同じ女性とはいえ20歳以上の年齢幅があり、さらにペルソナがシングル、既婚者、子持ちのママでは、かなりファッションの方向性が異なりそうですが?
利用者は働く女性が9割以上なので、アイテムはコンサバファッションなど、オフィスカジュアルを中心に取りそろえています。子持ちの方も4割以上いらっしゃいますが、共通点として「忙しい女性」「仕事やママ会で着られる」アイテムなので、枠組みとしては実はそれほど広くないのです。
取り扱う300ブランドすべてと直接会って交渉
――日本で初めて、普段着にフォーカスしたファッションレンタルサービスとしてairClosetが誕生して以降、似たようなサービスが次々と生まれています。競合と比べairClosetの強みはどこにあるのでしょうか。
後発の競合他社は、レンタルを主眼にしたサービスの方が多いと思います。我々のテーマは「新しい洋服との出会い」なので、レンタルはあくまでもビジネスモデル。表面的にはファッションレンタルとうたっていますが、我々の特徴のひとつはスタイリングにあります。
また単にアイテムを買い集めているわけではなく、アパレルブランドの方と実際にお話をしないと取り扱わないと決めているので、その点も大きな違いだと思います。現在は300ブランドに参画していただいていますが、一社一社すべて直接お会いして共感をいただいております。理由は単純で、お客さまに自信を持って洋服をお届けしたいから。数百単位での交渉になるので、プラットフォームとオペレーションの構築に時間も労力もかかりますが、後発の他社との大きな差別化になっていると思います。
それがもし「"買う"から"借りる"に変えていきましょう」とレンタル特化で始まっていたら、「GirlsAward」でファッションレンタルサービスとアパレルブランドが横並びでランウェイを歩くことも、大手セレクトショップ「BEAMS」とコラボさせていただくこともなかったと思います。「既存業界との架け橋となりたい」という思いを各ブランドにお伝えしているからこそ、airClosetは成り立っているのです。
――サービスが始まり約1年半が経過しましたが、アパレルブランドからの反応はいかがですか。
営業部隊もほとんど人数がいないなか、300ブランドが参画してくださった時点で、理解していただけていると受け取っています。取り引きも継続してくださっているので、プロモーション効果は一定以上あるという証明にはなっていると思います。
女性スタイリストの新しい働き方を提供
airClosetの特徴のひとつに、スタイリストによる詳細なコメントつきのコーディネート提案がある。アイテムを選んだ理由、おすすめコーデ、あわせたいアクセサリーの提案など細かく書かれており、オンラインサービスながらスタイリストの温度感がある |
――「競合との違いはスタイリング」という話がありましたが、現在スタイリストは何名在籍しているのですか。
社内にはサービスのブランドイメージを固めるコンセプトチームが在籍しています。お客さまへアイテムをご提案するのは主に社外の登録スタイリストとなり、現在は100名以上が登録されフリーでプロとしてやられています。
――プロのスタイリストが100名以上! それだけ多くの人材をどうやってハンティングするのでしょうか。
人からの紹介や、サイトからの応募が多いですね。我々は一定の線引きとして、フリーで仕事をされているプロのスタイリストのみ登録できる形を取っています。テレビや雑誌、広告で活躍するスタイリストや、パーソナルスタイリストの方などですね。
興味を持っていただいた方には、まず我々のサービス内容を伝え、実際に洋服の選定を体験してもらいます。我々は独自のオンラインシステムを内製しているので、それを使い倉庫にある10万点のアイテムから3着を選んでいただきます。
――一般的なスタイリングとまったく異なりますね。
OJT期間を設けてシステムを体験してもらい、レビュー期間を経て一定のレベルにあると判断した方のみ、登録スタイリストとして本採用となります。質としてお客さまに直結する部分なので、一定期間をかけて判断するなどかなり注力してやっています。
――スタイリストが使うシステムとは?
社内管理用のコンソールのようなものです。セキュリティがかなり重要なので、IDでログインしスタイリングするようになっています。
――ログインすれば、社外からもリモートで業務可能ということですか。
そうです。中には本業の合間や、帰宅後に自宅でスタイリングされる方もいらっしゃいますね。最近すごく多いのは、マタニティ期に入られたスタイリストさん。スタイリストは何十着もの服を担いで移動するようなハードな仕事ですが、「力仕事はできないけれど、airClosetならセンスを活かせる」と喜んでいただけます。海外からスタイリングされる方もいらっしゃいますよ。
――airClosetは女性スタイリストの新たな働き方も提供しているのですね。
スタイリング業界では働き方が注目されています。今夏はファッション専門学校からインターン生を呼び、スタイリングの仕事を体験していただきました。将来的にはスタイリングに関する人材育成も考えています。
エアクロエイブルはたった半年で誕生
――オンラインのサービスとして始まったairClosetですが、10月14日には表参道にリアルショップ「airCloset × ABLE(エアクロエイブル)」をオープンされました。利用者の反応はいかがですか。
オープン直後の週末の来客数は予想通りでしたが、3~4着借りられたり、2週間単位の長期間で借りられたりと、予想よりは"レンタル慣れ"されている方が多い印象を受けました。
――airClosetを始めた当初から、O2Oのイメージはあったのでしょうか。
オンラインサービスだけでライフスタイル領域は成り立たないと思っているので、当初から施策として考えていました。ただエイブルさんからお声がけいただいたことで、タイミングとしてはかなり早まりました。両者のトップ同士が結構な頻度で密にコミュニケーションを取ったこともありスピーディーでしたね。スタートアップベンチャーと大手不動産会社が組んだ形としては、最速ではないかと思います。
――具体的な期間はどの程度だったのでしょうか。
ゼロからスタートして、内装など全部含めてオープンまで半年です。業界変革の意味でも、意思決定を早くして動くのは両経営者の意向だったので、実現が早かったと思います。
――失礼ながら、大手不動産会社はスピード感とは正反対のイメージでした。
思いが一致していたのも、加速度的に企画が進んだ要因だと思います。元々エイブルさんには、一人暮らしの女性がファッションを諦めず、楽しめるように応援したいという思いがありました。我々も働く女性のライフスタイル応援がコンセプト。両者の思いが合致していたのでブレませんでした。
――「エアクロエイブル」とオンラインの「airCloset」ではターゲット層が異なるそうですね。
違うというよりも、実店舗の方が若い層、オンラインはキャリア層と若干のズレがあります。実店舗には2つの要素があり、1つは直接コミュニケーションが取れること、もう1つは即時性です。直接のコミュニケーションを求めるのも、「今日合コンが入ったから服を着替えたい」など即時性を求められる機会が多いのも20代女性です。
30代以降の女性になると生活リズムが固定されますが、ファッションの固定概念を広めていきたいという思いが大きいので、オンラインにニーズがあります。20代後半は両方重なるイメージです。興味がある人には、まずは実店舗でパーソナルなスタイリングの魅力を体験してもらいたいですね。
ファッション業界に新しい「当たり前」を提供したい
――最後に今後の展望を教えてください。
まずはアパレルに加えアクセサリーもお届けできるようにしたいと思っています。スタイリスト視点でもコーディネートの幅が圧倒的に広がるので。小物類は洋服のクリーニングとは別のメンテナンスが必要となるので、倉庫物流でのメンテナンス体制が整えば提供したいです。
また今はレディースのみですが、メンズ、キッズ、シニア、マタニティとラインを増やしていこうと動いています。あとは海外展開、特に東アジアや東南アジアにサービスを届け、日本のファッション文化を伝播させたいです。
普段着にフォーカスしたファッションレンタルで、市場に新しい「当たり前」を提供したいと思っているので、まずは多くの人に試してほしいですね。サービスが始まりまだ1年半なので、お客さまと一緒に変化を作っていけたらと思います。
先進的な取り組みで業界をリード
働く女性の増加により、日々のファッションに割ける時間が減少する中、コンサバファッションを中心に、スタイリストによる幅広いコーディネートを提供するairClose。似たようなアイテムがいくつも並ぶクローゼットの前で「今日着る服がない」と悩む女性のニーズとマッチし、多くの共感を得た。
また、スタイリストがクラウドソーシングで働くという新たな雇用を創出。時間や場所などの制約を受けない新しい枠組みで、経済を活性化させたわけだ。
不特定多数の人々がインターネットを介して、モノやスペース、人などを共有するサービスをシェアリングエコノミーと言うが、矢野経済研究所の調査によると、これらの市場は年々拡大しており、毎年平均20%弱の成長率を見込むことで、2020年度には、国内市場規模が600億円に達すると予想されている。
一方、国内アパレル市場規模は、ここ数年間9兆円前後でほぼ横並びの推移である。成熟した市場に、新たな手法や業界を取り入れることで、ファッション業界に新しい風を吹き込むairClosetの挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。