理化学研究所(理研)は10月18日、嬉しい体験と嫌な体験にそれぞれ対応した神経細胞は扁桃体基底外側核の異なる領域に局在しており、互いに抑制することを発見したと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター理研-MIT神経回路遺伝学研究センター ジョシュア・キム研究員、利根川進センター長らの研究グループによるもので、10月17日付けの国際科学誌「Nature Neuroscience」オンライン版に掲載された。

「好き・嫌い」、「楽しい・怖い」といった情動体験は、その体験に特有な行動を引き起こす。マウスでも、「好き、楽しい」といった嬉しい体験は繰り返そうとし、「嫌い、怖い」といった嫌な体験には、すくみ行動をとったり、その体験を避けたりすることが知られている。

これまでの研究で、どちらのタイプの行動にも脳内の扁桃体にある基底外側核という領域の働きが重要であることがわかっていたが、扁桃体基底外側核内に「嬉しい」および「嫌な」体験にそれぞれ対応する神経細胞群がどのように存在するのかは不明となっていた。

今回、同研究グループは、行動中に活動した神経細胞を標識する遺伝学的手法を応用して、オスのマウスがメスと共に過ごすという嬉しい体験で活性化される神経細胞、および脚に軽い電気ショックを与えられるという嫌な体験で活性化される神経の特徴を調べた。

その結果、嬉しい体験細胞と嫌な体験細胞は、それぞれPppr11bとRspo-2遺伝子を発現しており、またそれぞれ扁桃体基底外側核の後方と前方に局在し、境界領域を除いては混在していないことが明らかになった。

また、マウスの脚に軽い電気ショックを与えながら、この嫌な体験細胞の働きを光遺伝学で人工的に抑えたところ、すくみ反応が減少した。一方で、マウスが鼻先を壁の穴に入れると報酬の水がもらえる装置で、マウスが水をもらっている最中に嬉しい体験細胞の働きを人工的に抑えると、鼻先を穴に入れる回数が減少した。このことから、嬉しい体験細胞および嫌な体験細胞の活動が、それぞれの体験に特有な行動を実際に引き起こすことが示されたといえる。

さらに、マウスを箱に入れ、脚に軽い電気ショックを与えながら、嬉しい体験細胞群を人工的に活性化させたところ、電気ショックに対するすくみ反応が、対照群や嫌な体験細胞群を活性化したマウスに比べて減少した。逆に、マウスが鼻先を穴に入れると報酬の水がもらえる装置内で、マウスが水をもらっている最中に、嫌な体験細胞群の働きを人工的に活性化させると、鼻先を穴に入れる回数が、対照群や嬉しい体験細胞群を活性化したマウスと比べて減少した。これらの結果は、嬉しい体験細胞と嫌な体験細胞は互いに抑制し合い、拮抗的に働くことを示しているといえる。

同研究グループは今回の成果について、うつ病に代表されるような情動障害において、嬉しい体験と嫌な体験に対応した神経細胞群を別々に操作することができれば、新しい治療法の開発への道を開くことができるとコメントしている。

嬉しい体験、嫌な体験をしている最中に、反対の体験に関与する細胞を活性化し、その影響を調べた結果 (左)箱の中で、軽い電気ショックを与えながら、光でそれぞれの細胞群を活性化したところ、嬉しい体験細胞群を活性化した場合では、電気ショックに対するすくみ反応が減少した。翌日、同じ箱にマウスを入れると、前日に嬉しい体験細胞群を活性化したマウスでは、すくみ反応が減少していた (右)マウスの鼻先を穴に入れると報酬の水がもらえる装置内で、水をもらっている最中に、光でそれぞれの細胞群を活性化したところ、嫌な体験細胞群を活性化したマウスは、鼻先を穴に入れる回数が減少した (画像提供:理化学研究所)