世界に追いついたインドのロケット
インドは1980年に、ISROが開発した「SLV」というロケットによって人工衛星の打ち上げに初めて成功した。SLVは非常に小さな固体ロケットで、40kgほどの小型衛星を打ち上げる能力しかなく、ISROはSLVを継ぎ接ぎして大きくしたロケットの開発に着手する。しかし、あまり大幅な能力向上は見込めなかったため、試験打ち上げを数回重ねたのみで中止。より大型の、新型ロケット「PSLV」の開発に移る。
PSLVでは、インドがもつ固体ロケットの技術を生かしつつも、フランスから液体ロケット・エンジンの技術を導入。両者を組み合わせることで打ち上げ能力の大幅な向上が図られた。その結果、PSLVはブースターと第2段が固体ロケット、第3段と第4段が液体ロケットという少し変わった構成のロケットになった。
世界に目を向けると、固体ロケットなら全段固体、液体ロケットなら全段液体、あるいは日本や欧州のように、ブースターだけ固体であとはすべて液体、という構成が多く、各段がそれぞれ違うPSLVのような構成は、あまり例がない。
それでもPSLVは優れたロケットで、1993年の初打ち上げ以来、インドの地球観測衛星をはじめ、月探査機の打ち上げや、さらには他国の衛星打ち上げを商うなど、現在まで着実に打ち上げを重ねている。
さらに2001年には、PSLVを改良し、さらにロシアからも技術を導入して開発した、より大型のロケット「GSLV」が完成。PSLVと同様に、固体と液体が織り交ぜになった継ぎ接ぎロケットではあるが、通信衛星などが運用される遠くの静止軌道まで、それなりの大きさ衛星を打ち上げられる能力を手に入れた。成功率はあまり高くないものの、かつてのフランス製エンジンの場合と同じく、ロシア製のエンジンを国産エンジンに切り替えるための改良が行われるなど、前進を止めていない。
またインドは人工衛星の開発にも積極的で、大型の実用通信衛星などの開発、製造も手がけ、他国への輸出販売にも成功している。またこれら自国開発の衛星の中には、GSLVでも打ち上げられないほどの規模をもつものもあったが、その場合は素直に他国のロケットに打ち上げを任せている。
このようにインドのロケット開発は、国産開発を基本としつつも、足らない技術は他国から積極的に導入し、徐々に自国のものにしていくという路線を採っている。また衛星の実用性にはこだわりつつも、ロケットがその流れに無理に合わせるようなことはせず、ロケットはロケットで、それぞれ堅実な歩みを進めている。
しかし、インドの技術もほぼ成熟し、これまでの継ぎ接ぎロケットで打ち上げを続けてきた時代から脱却し、いよいよ次のステップを踏み出そうとしている。
インドのロケットは世界を追い越しつつある
インドでは現在、さらに新型の「GSLV Mk-III」の開発が進んでいる。GSLV Mk-IIIの打ち上げ能力は世界の現世代ロケットと比べても引けを取らず、完成すればインド製の衛星はほぼすべて打ち上げが可能になり、宇宙開発において完全に自立することが可能になる。
同機はまず2014年に、第3段ロケット・エンジンを省いた状態で試験打ち上げが1回行われ、良好な結果を残した。第3段エンジンが省かれたのは、それが液体酸素と液体水素を推進剤に使う高性能なエンジンであり、開発に時間がかかったためである。その後現在までに第3段エンジンの開発も進み、今年末には完成型の機体の試験打ち上げが予定されており、今後数年をかけて徐々に本格的な運用に入るものとみられる。
そしてGSLV Mk-IIIの、さらに次の世代のロケットとして、今回のRLV-TDの先にあるインドのスペース・シャトルが位置付けられている。実現すれば、スペースXやブルー・オリジンらと並び、宇宙輸送に革命を起こす主役の一人になるかもしれない。
もっとも、インドのスペース・シャトルが実現するかどうかはまだわからない。そもそも、ロケットという極限環境で動く機械は、エンジンをはじめ機体のさまざまな部分に大きな疲労がたまる。それを何度も使いまわしできるかどうか、点検や部品交換にかかるコストはどれくらいになるのか、ロケットの信頼性は下がらないのか、といった問題はまだわかっていない。
またファルコン9などが目指している第1段のみの再使用と比べると、機体のすべてを再使用するのは、たしかにより高いコストダウンが見込めるものの、実現に必要な技術的なハードルははるかに高くなる。また、大気圏内を極超音速で飛ぶためのスクラム・ジェット・エンジンも難しい技術であり、インドも含め、実用化に成功した国はまだない。打ち上げコストを10分の1にするという目標はもとより、2030年ごろの実用化という目標も、現時点では達成は難しいと考えるべきであろう。
しかし、これまでは他国からの技術を取り入れ、世界のロケットになんとか追いつこうとしてきたインドが、こうした先進的な技術に挑み始めているということは、いよいよ世界の第一線に追いつき、ある分野においては最先端に立とうとしていること、またそれだけの技術と余裕が生まれているということを意味する。
実は、インドはもう何年も前から、宇宙開発において長期的な戦略を掲げ、それに基づき必要な資金を投じ、さらに人材育成も手厚く行われてきている。また、月と火星へ探査機を飛ばし、有人宇宙船の飛行試験も実施し、さらに今回のスペース・シャトルの試験と、すぐに直接的な恩恵はないものの、国力を底上げし、また将来につながる可能性のある、科学ミッションや先進的な技術開発にも挑みつつある。
長期的な戦略と、十分な予算と人材があることは、宇宙大国を目指す上で絶対条件であり、つまりそれを理解し、実行しているインドには、宇宙大国を目指すという明確な意思があるということである。そして、失敗に終わる可能性があることを承知の上で、将来に向けた先進的な技術に投資できる機関、それを擁する国が強いということは、米国に米国航空宇宙局(NASA)や国防高等研究計画局(DARPA)などがあることをみても明らかである。
インドの宇宙開発にこうした活力があることは、たとえこのスペース・シャトル計画が失敗に終わっても、また新しい技術、分野への挑戦を生み出し、米国をはじめとする旧来の宇宙大国や、近年隆興しつつある民間主導の宇宙開発と、十分に対抗していくことができるということだろう。
インドの火星探査機「マーズ・オービター・ミッション」が撮影した火星の地表。左に有名なオリンポス山が写っている (C) ISRO |
インドが開発を進める有人宇宙船の試験機。前述のGSLV Mk-IIIロケットの試験打ち上げの機会を利用して、飛行試験が行われた (C) ISRO |
なお余談だが、インドにはもうひとつ、「アヴァター」という別のスペース・シャトルの計画もある。アヴァターはインド防衛研究開発機構の計画であり、今回紹介したRLV-TDに連なるISROのスペース・シャトル計画とはまったく関係がない。これはつまりインドの軍が自ら、スペース・シャトルによる低コストな宇宙輸送を使った宇宙の軍事利用に興味をもっているということであり、今後の動向に注意すべきであろう。アヴァターについては、今後何か大きな動きがあり次第、またお伝えしたい。
【参考】
・SLV - ISRO
http://www.isro.gov.in/launchers/slv
・PSLV - ISRO
http://www.isro.gov.in/launchers/pslv
・GSLV - ISRO
http://www.isro.gov.in/launchers/gslv/
・LVM3 X / CARE - ISRO
http://www.isro.gov.in/launchers/lvm3-x-care
・http://dos.gov.in/sites/default/files/USQ251.pdf