東方プロジェクト

ヴァストーチュヌィ宇宙基地はロシアの首都モスクワ、またロシアの主力ロケット「サユース」が生産されているサマーラから、約6000kmも離れた場所にある。しかし、ヴァストーチュヌィ宇宙基地を建設するための苦労は、この距離の比ではなかった。

2007年に建設が宣言されて以来、どのような発射場にするかで計画は二転三転した。当初は「ルーシM」という、当時計画されていたロケットの発射台を造ることが検討されていたが、その後2011年になり、ルーシM自体が開発中止になったことで頓挫した。このとき、ヴァストーチュヌィは打ち上げるべきロケットのないロケット発射場になりかけたのである。

その後、旧式ながら未だ主力ロケットとして活躍しているサユース・ロケットの発射施設をまず建設し、続いて、当時大幅に遅延しながらも開発が続いていたアンガラー・ロケットの発射施設も造られることになった。

つまり、もしルーシMやアンガラーの開発が順調であったなら、サユースの発射台は造られないはずだった。これは当然のことで、サユースは原型機の飛行からすでに半世紀以上が経ち、2000年代に大きな改良が入ったものの、旧式であることには変わりない。2010年代から今後何十年にもわたって使用する新しいロケット発射場に、老い先短い旧式ロケットの発射台を造ることは、単純に考えれば無駄なことであろう。そもそもサユースの発射台はすでにバイカヌール、プリセーツク、そしてギアナにもあり、それぞれ役割は多少違うとはいえ、4カ所もの発射台が必要なほどの打ち上げ需要があるわけでもない。唯一の利点といえば、万が一バイカヌールが使えなくなった際の保険、あるいはカザフスタンとの土地使用料の契約をめぐる交渉を有利に進めるための取引材料になる、といったぐらいである。

サユースの発射台は2012年から建築が始まり、2015年に完成することが予定された。この2015年という期限は、プーチン大統領がとくに強く要請したものだったという。

しかし、建設業者のトップが建設資金を横領していたというスキャンダルが発生。このトップは横領したお金で家やヨットを買ったほか、ダイヤモンド張りのベンツを乗り回していたという。この話がたとえ誇張だったとしても、そのような話が出まわるほど汚職が横行していた証左と言えよう。

さらに、発射台やロケット組立棟などの設計ミスが判明したり、作業員への給与未払いが発覚したり、その作業員の一部がハンガー・ストライキで抗議したりなど、問題が立て続けに発生し散々な有様で、事態の収拾のため、プーチン大統領や宇宙政策を担当するラゴージン副首相が直接、活を入れに行かねばならないような状況にもなった。

結局、2015年中の完成は間に合わず、プーチン大統領は2016年4月ごろの初打ち上げへの予定変更を許諾した。今度はその約束は守られ、ついに4月28日、ヴァストーチュヌィ宇宙基地は開港したのである。

なお、当初打ち上げは27日に予定されていたが、離昇の1.5分前にコンピューターの判断によって自動的に中止され、24時間延期されることになった。この原因は、ロケットの第3段にあるバルブからの信号を、ロケットの飛行制御システムに伝える通信装置にあったと見られている。ロシアのコメルサント紙によると、プーチン大統領はこの”失態”を受けて、ロスコスモスのカマローフ社長、ラゴージン副首相、そしてこの部分の製造を担当した企業の社長を強く叱責したという。さらに今後、より大きな責任問題に発展する可能性もあるだろう。

2015年4月にヴァストーチュヌィ宇宙基地を訪れたラゴージン副首相 (C) Dmitry Rogozin

2015年10月にヴァストーチュヌィ宇宙基地を訪れたプーチン大統領 (C) President of Russia

真の完成は2021年以降に

サユースの発射施設のうち、発射台そのものはバイカヌールやプリセーツクなどにもある、花びらのように開く伝統的な、通称「チュルパーン」と呼ばれる構造をそのまま受け継いでいる。ただ、ロケットを発射台に設置してから打ち上げるまでの整備や試験の間、悪天候からロケットを守るための移動式整備棟が建造された。

これと似た設備は、南米仏領ギアナにあるギアナ宇宙センターに建てられた、アリアンスペースが運用するサユース(ソユーズ)用の発射台にもあるが、いくつか違いもある。たとえばギアナ宇宙センターでは衛星や上段が載っていない状態のロケットを発射台に立て、この移動式整備棟を被せてから衛星や上段を載せるが、ヴァストーチュヌィではロケットは衛星や上段を載せた、つまり完成した状態で発射台に立てられるため、ギアナほど複雑な作業は行われない。またロケットを覆い隠すほどの大きさがある点で違いはないが、外見を含め、細かな部分では形状も違う。形状の違いは、ギアナに建てた際の教訓や、ヴァストーチュヌィの環境などが影響しているためと思われるが、詳細は不明である。

なお、サユース・ロケットを生産しているRKTsプラグリェースでは、現在液体メタンを使う新型ロケット「サユース5」の開発を行っているが、発射台は従来のサユース・ロケットと互換性があるため、バイカヌール、プリセーツクをはじめ、このヴァストーチュヌィの発射台もそのまま流用できるという。

ヴァストーチュヌィ宇宙基地のサユースの発射台は、ギアナ宇宙センターにあるような、ロケットをまるごと包み込める移動式整備棟が特徴である (C) Roskosmos

ギアナ宇宙センターにあるサユースの移動式整備棟。ヴァストーチュヌィ宇宙基地のものとは少し形が違う (C) ESA

一方、アンガラー・ロケット用の発射台は、まず2021年に発射台の完成と打ち上げが、続いて2023年ごろには、アンガラーで有人宇宙船を打ち上げるための付属施設の完成が予定されている。ただ資金難によって、すでに2基建造されるはずだった発射台は1基に減らされており、今後さらに残る1基の建設に影響が出る可能性がないわけではない。

ちなみに、アンガラーの発射台はプリセーツクにもあり、すでに2回の試験打ち上げで使われてもいるが、前述のようにプリセーツクは極軌道への打ち上げに特化した地理にあるため、さまざまな軌道に向けて打ち上げるためには、ヴァストーチュヌィの完成を待たねばならない。

この他、ロケットや衛星、関係者を運ぶための鉄道や駅、ロケットの追跡施設なども新設され、すでにサユースの打ち上げに必要な分は完成している。今後さらに、アンガラーに必要な施設や、技術者や科学者など、ヴァストーチュヌィになんらかの形でかかわる人々が暮らすための、大きな街も造られることになっている。

プリセーツク宇宙基地にあるアンガラー・ロケットの発射台。これと似たものがヴァストーチュヌィ宇宙基地にも建設される予定 (C) Ministry of Defence of the Russian Federation

ヴァストーチュヌィ宇宙基地の周辺に建設される街。宇宙開発にかかわる技術者や科学者、その他この事業になんらかの形でかかわる人々が住む予定 (C) Roskosmos

バイカヌールからの撤退はあるか

ヴァストーチュヌィ宇宙基地が限定的ながら機能を開始したことで、今後注目されるのは、ロシアはいつバイカヌール宇宙基地から撤退するのか、ということである。

そのひとつの鍵は、アンガラーの打ち上げ開始にある。アンガラーは、現在ロシアが運用している大型ロケット「プラトーン」を代替することを目指したロケットであり、そしてプラトーンの発射台はバイカヌールにしかない。つまりヴァストーチュヌィからアンガラーが打ち上げられるようにならなければ、ロシアはバイカヌールから完全に撤退することはできない。

また、有人宇宙船の打ち上げも鍵になる。実は、ヴァストーチュヌィから国際宇宙ステーションに向けて宇宙船を打ち上げることは難しい。なぜなら、ロケットの飛行方位角から考えると、第2段以降はオホーツク海に出るため、もしこの段階でロケットに何らかの問題が起き、宇宙船を脱出させると、オホーツク海上に緊急着陸することになる。しかし、ロシアはその際に回収する手段をもっていない。そのため、新たに洋上救出ができる組織を編成するか、あるいは国際宇宙ステーションの運用が終わる2024年まではバイカヌールを使い続けるしかない。おそらく楽なのは後者だろう。

こうしたことから、ロシアがバイカヌールから完全に撤退するのは、早くとも2024年以降になるはずである。ただ、現時点でロシアは明確な目処を立てていないようで、どのタイミングで撤退するのかは不明であり、ヴァストーチュヌィ宇宙基地との並行運用という道もないわけではない。

また、ロシアとカザフスタンは現在共同で、バイカヌールからアンガラーを打ち上げる「バイテレク」という計画も進めている。この計画は基本的にカザフスタンが資金を出しており、カザフスタン自身のロケットではないにしろ、比較的自由に運用できるロケットを持つことができる。アンガラーは環境に比較的優しい推進剤を使うため、カザフスタンが非難の種にしている、ロケットによる環境汚染も、まず問題にはならない。

バイテレクは2000年代の前半から始まったものの、これまで何度も延期や中断が行われており、実現する見通しはまだ立っていない。しかし、ロシアがバイカヌールからの撤退時期を明言していないことと合わせ、少なくともヴァストーチュヌィ宇宙基地ができたからといって、すぐにバイカヌール宇宙基地が廃港になり、スプートニクやガガーリンを打ち上げた伝説の発射場の歴史に終止符が打たれるということはないようである。

バイテレク計画で使用予定の発射台。かつて「エネールギア」ロケットの打ち上げで使用された第250発射台を改修する計画となっている (C) Bayterek

ヴァストーチュヌィ宇宙基地が完成しても、バイカヌール宇宙基地が即座に閉鎖されるということはないようである (C) Roskosmos

【参考】

・Soyuz-2 launch complex in Vostochny (371SK14)
 http://www.russianspaceweb.com/vostochny_soyuz.html
・Angara launch complex (371SK32) in Vostochny
 http://www.russianspaceweb.com/vostochny_angara.html
・http://kremlin.ru/events/president/news/50500
・Site 250 in Baikonur: Energia test stand
 http://www.russianspaceweb.com/baikonur_energia_250.html
・Mobile Gantry
 http://paxwheel.com/eng/wheels/space/detail.php?WHEEL_ID=102