宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月27日、緊急で記者会見を開催し、X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)にトラブルが発生したことを明らかにした。ひとみは2月17日に打ち上げたばかりで、現在、初期運用中だった。前日(26日)の運用開始時(16時40分)から電波を正常に受信できない状態が続いており、衛星の状態を確認できないという。

JAXA宇宙科学研究所の常田佐久所長(右)と久保田孝・宇宙科学プログラムディレクタ(左)

JAXAの発表によれば、ひとみと最後に通信できたのは、同日(26日)の9時52分。この約7時間の間に何かが起こったとみられるが、テレメトリを受信できないため、調べる手段はかなり限定的。何が起こったのか、現時点で特定することは難しい。

ただ、通信途絶後に、最後の運用データを解析したところ、衛星の姿勢に異常が発生した可能性が高いことが分かった。確認できた衛星の状態は、「太陽電池パドルの発生電力が想定よりも低い」「構体内の温度分布が通常と異なる」「太陽捕捉を示す信号が確認できない」の3つで、これは、衛星の姿勢がずれたと考えれば辻褄が合う。

記者会見で明らかになった情報で、良い情報と悪い情報が1つずつある。

良い情報は、3~4分間という短時間ながら、異常発生後も衛星の電波を受信したことだ。地上からのコマンドは通らない状態であるものの、これは、衛星がまだ生きており、通信系が動いていることを示している。

そして悪い情報は、「軌道が若干下がり気味に見える」(JAXA宇宙科学研究所の久保田孝・宇宙科学プログラムディレクタ)ということ。軌道に変化があったということは、推進系に何らかの不具合が発生し、ガスの放出があった可能性がある。こうなると、問題はかなり深刻だ(ただし軌道についてはまだ詳細を解析中とのこと)。

今後、衛星の復旧に向け、まずやらなければならないのは通信の確立だ。通信できなければ、トラブルの原因が分からない。原因が分からなければ、対策の立てようがない。

こういう場合のために、衛星には全方向に感度があるSバンドのローゲインアンテナが搭載されている。本来であれば、どんな姿勢になってもこのアンテナを使って通信はできるはずなのだが、それができていないのは、姿勢が変わったせいで電力が不足しているからと推測されている。

そのため、地上からのコマンドを通すには、とにかくコマンドを送り続けるしか無い。太陽電池パドルがうまく太陽の方角を向いて、発生電力が十分あるタイミングならば、コマンドが通る可能性がある。

しかし懸念されるのは、ひとみの「軟X線分光検出器」(SXS)に搭載されている液体ヘリウム。ひとみはバッテリが空になっても、再び太陽電池で発電できるようになると再起動するが、電源が切れた状態が続くと温度が上がり、液体ヘリウムが失われてしまう。液体ヘリウムが無くなると、観測装置本来の性能を発揮することはできない。

前述のように、現時点では衛星の状態についてほとんど何も分かっていないため、今後の見通しは不明であるものの、いずれにしても、あまり猶予が無いことは確かだ。液体ヘリウムが無くても、ひとみの観測自体は続けることは可能だが、SXSは目玉機器の1つ。早期に復旧して、観測を開始することを期待したいところだ。

なおJAXAは3月28日11時頃、あらためてプレスリリースで状況を発表する予定としている。

X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)。 (2015年11月の機体公開時に撮影)

ひとみ(ASTRO-H)の太陽電池パネルを開いた状態の模型

太陽電池パネルは片翼3枚罰2翼の合計6枚の仕様。向きを変えることはできないが、太陽の方角が±30度までであれば問題はない

右がSバンドのアンテナ。左はXバンドのアンテナ