「たべみる」は生活者の欲求を可視化するツール
「クックパッドのデータ分析力」 |
「ある瞬間におけるすべての物質の力学的状態と力を知ることができ、それらを解析することができれば、未来のすべてが見えるだろう」--ラプラスの悪魔として知られるこの主張。マーケティングや製品開発にたずさわる人々にとっては魅力的な話だ。とはいえ、ここ数年はビッグデータと呼ばれる巨大で複雑なデータを活用分析することによって、少しだけ先の未来が見えてくるようになった。
2015年10月に発売された「クックパッドのデータ分析力」(中村耕史 著)は、書名にもある日本最大級のレシピサイト「クックパッド」の利用者から得られる検索データをもとに、食卓のトレンドや少し先の未来を予測するサービス「たべみる」の事例を紹介する内容だ。
クックパッドは月間利用者数が5600万人を超えるレシピサイト。「たべみる」は、そのクックパッドを利用するユーザーの検索履歴をもとに生活者の欲求を可視化するツールとして、おもに食品メーカーや流通、小売業者に向けて、商品の開発や店頭での販促イベントなどのサポートツールとして提供されている。月額15万円から利用でき、「市場のニーズをいちはやくつかむという、新たな価値提供するデータサービス」をうたっている。
「たべみる」とPOSデータの違い
食材などの市場トレンド分析では、小売店でのPOSデータが活用されている。POSデータとこの「たべみる」データ(クックパッドの検索データ)の違いは、大きく分けると「結果(事後)」「欲求(事前)」になる。POSデータは、最終的に購入された商品を把握できるが、それがどのような背景で購入されたかを把握することは難しい。すでに買うものを決めて来店し購入したのか、たまたま目に止まったからか、値段が安かったからなのか、目的のものがなかったので代わりに購入したのか……。
たべみる Webサイト |
一方で「たべみる」データは、食卓や食事という範囲ではあるが、生活者のより生の欲求があらわれるデータになっているという。16時から19時ころに検索数がピークとなるその行動は、スマートフォンの普及ともあわせて、例えば店頭で「カレー 簡単」やあるいは冷蔵庫の中身を見つつ「豚肉 レシピ」といった検索のかたちで見えてくる。このような行動は、実際に食事を作るという「ちょっと先の未来」へつながるデータだ。これを得られることが同社の強みであり、それを活用した「たべみる」サービスを、企業に利用してもらえるサービスとしていかに発展させるか。「たべみる」の事業責任者である著者の中村耕史氏が、活用事例を紹介しつつそのストーリーを語るのが同書だ。
ところで、前述のPOSデータと「たべみる」データは、どちらが優れているというものではなく、相互に補完するものといえる。そしてこれらのデータが紐付けられることがあれば、今日の夕食はなににしようかなと考えたデータと、結果として購入した商品のデータ、さらには性別や年代、居住地などを組み合わせることによって、より活用範囲の広がるデータとなるだろう(利用者としてはちょっと敬遠したい気持ちもあるが)。
とはいえ、データ分析はその理由までこと細かに説明はしてくれない。記事タイトルのさば缶の話だが、「たべみる」のデータによると、さば缶の検索数が顕著に多いのは長野県であるという。また、長野県では「さば缶」と組み合わせて「汁」というキーワードで検索されることが多い。その理由を同書では「長野県には、さば缶と根曲がり竹あるいは姫竹と呼ばれる細長いたけのこをみそ汁に仕立てる郷土料理がある」として、そのせいではないかとしている。実際にさば缶の消費量は、東北日本海側と並んで長野県も上位に並ぶそうだ。
また別の例では、「朝食」といっしょに検索される単語の2009年~2013年の変化が紹介されている。上位3単語は「簡単」「パン」「タマゴ」で変わらないのだが、2012年に「パンを除外する」という検索が急に10位に姿をあらわし、2013年も同様となった。同書ではこの理由に触れていないのだが、想像するに2012年初頭に販売された「乳がん患者の8割は朝、パンを食べている」(幕内秀夫 著)が影響しているのかもしれない。蛇足ながら、寡聞にしてこちらの書籍は読んでいないのだが相関と因果はきちんと解説されているのだろうか。
小さな発見を大きなビジネスチャンスに
と、少しロングタームの例を取り上げてしまったが、「たべみる」データの強みはやはり、日々、利用者によって蓄積・更新され、「食に対するニーズの変化をリアルタイムに捉えることができる」データだ。そしてそれを利用して、小さな変化を発見し仮説を立て、チャレンジを積み重ねる。それが食品メーカーや小売業のビジネスチャンスの拡大につながっていくことになる。
同書は、データ分析を実際に行っている人やある程度学んだ人には物足りない部分も残る。だが、ビッグデータってなんなの? 活用することでなにができるの? データ分析の仮説を現場で活用するにはどうすればいいの? といった人たちにはヒントになる内容だろう。
「クックパッドのデータ分析力」
http://www.njg.co.jp/book/9784534053190/
著者:中村耕史
出版社:日本実業出版社
発売日:2015年10月22日
ISBN:978-4-534-05319-0
定価:1500円+税