現在の機体の状態は?

あかつきの打ち上げから、もうすぐ5年が経過しようとしている。現在、もっとも懸念されているのは、搭載機器の劣化だ。あかつきの設計寿命は4.5年。これをすでに超えてしまっている。もっとも、設計寿命を過ぎてもすぐに壊れるというわけではないが、逆に、いつ壊れても不思議ではないとも言える。

特に大きな問題は熱だ。あかつきは元々、金星を周回するための探査機であるので、金星(太陽から約0.7AU)での熱環境に耐えられるよう設計されていた。だが、周回軌道への投入に失敗したことで、あかつきは太陽を回る人工惑星となり、近日点では太陽に約0.6AUにまで接近。想定以上の熱を受けることになってしまった。

太陽からの距離によって受ける熱は変わる。当初の計画(左のグラフ)に比べ、かなり大きな熱入力がある

あかつきはこれまでに7回、近日点を通過しており、今ちょうど8回目を迎えているところだ。金星軌道では、太陽からの熱入力は2,649W/m2であるが、近日点では最大3,655W/m2にもなる。これは、2,800W/m2以下という設計条件を大きく超えており、冷却能力が不足した結果、機器の温度が上昇することになる。

探査機各部の温度履歴を見ると、近日点を通過する度に、全体的に温度が上がってきていることが分かる。探査機の周囲は金色の多層断熱材(MLI)に覆われているのだが、この劣化が進行しているために、温度が上昇しているものと推測される。一部の機器では、設計マージンを超えており、「油断はできない状況」(同)だ。

探査機の温度履歴。近日点で温度が上がり、遠日点(金星軌道)で温度が下がっている。上昇傾向にあることが分かる

金星に再会合するまでには、あと1回、今年8月に近日点を通過する。最後の試練を乗り越えて、無事な状態で何とか金星まで辿り着いて欲しいところだ。

一方、気になるのは事故を起こした推進系であるが、RCSは今のところ、問題は無い模様だ。加圧側のバルブは依然としてほぼ閉塞しており、燃焼を続けると徐々に推力が低下してしまうものの、20分程度であれば問題ない見通し。石井信明・あかつきプロジェクトエンジニアは「必ず投入できると思う」と自信を見せる。

JAXAの石井信明・あかつきプロジェクトエンジニア

なお、RCSは探査機のOME側に4基、反対のハイゲインアンテナ側に4基搭載されているが、どちらの面のRCSを使うかは、現時点では未定だという。噴射時の姿勢で各部の温度がどうなるか、あるいは各エンジンの信頼性など、様々なメリット・デメリットを総合的に検討し、今後決定していく。

RCSの設置場所。図の上側と下側に、それぞれ4基ずつ搭載されている。どちらも性能はまったく同じだ

観測軌道は大きく変更に

現在、あかつきは金星軌道の内側を回っているが、再会合前に一旦外側に出て、外側から金星に接近する形になる。金星の公転速度の方が速いため、先行していたあかつきに、後ろから金星が追いついてくる。あかつきはスイングバイのように金星の後方を通過するので、最接近時にRCSを噴射して、公転とは逆向きの西回りの周回軌道に投入する。

これは、金星の自転が西回りであるためだ。スーパーローテーションの流れも同方向であるので、あかつきも西回りで観測する必要があるわけだ。

ただし観測軌道は、当初の計画からは大幅に変わってしまう。12月7日の噴射で、一旦、遠金点が50万kmの軌道に投入。初期チェックアウト中の2016年春に再び軌道修正を行い、遠金点を32万kmまで下げるが、当初予定の8万kmに比べると、4倍も遠い。旧軌道の周期は30時間だったが、新軌道では8~9日になる。

旧軌道と新軌道の比較。近距離(赤)、中距離(青)、遠距離(緑)と、距離によって観測内容を変える

当然、科学観測には大きな影響が出るのだが、この軌道で妥協せざるを得ないのは、燃料が足らないからだ。1液式のRCSは2液式のOMEよりも燃費が悪く、同じだけ軌道を変更するにも、より多くの燃料を消費する。しかも5年前の投入失敗で消費した分もある。現時点で残っている燃料は60kg程度。打ち上げ時の117kgから、すでに半減している。

探査機の姿勢を維持するのにも、燃料は必要になる。軌道投入で全部使ってしまうわけにはいかないのだ。あかつきの目的は、あくまでも金星の観測。今後、最低2年の観測を行うために必要な燃料を確保すると、残りの燃料では、このくらいまでしか近づけないというわけだ。観測期間は最短2年で、最長でも4年程度と見られている。

あかつきの軌道は楕円。金星からの距離が周回中に大きく変わるので、これを利用し、距離に応じた様々な観測を計画していた。このうち、近距離での観測はほぼ同等の内容を実施できると見られているが、問題は遠距離での観測だ。ただ、分解能が低くなるというデメリットがある反面、より長期のグローバル観測が行えるというメリットもある。

新軌道での観測について、今村剛・あかつきプロジェクトサイエンティストは「4年前の時点では、赤道周回軌道か極軌道かという選択肢があった。しかし、赤道周回でないと、長時間連続的な気象データを得るという目的は絶対に果たせない。この条件が満たされた時点で展望が開けた」と述べる。

JAXAの今村剛・あかつきプロジェクトサイエンティスト

金星からの距離が遠くなることで「より頭を使う必要が出てきた」(同)ものの、遠距離での長期間観測と近距離での高分解能観測を連携させるなどして、「やろうとしていた観測の大部分はリカバーできるのではないか」との見通しを示した。

なお観測機器の状態であるが、現時点では確認できていない。確認のために電源を入れれば温度が上がってしまう。データを地球に送るため、ハイゲインアンテナを地球に向けると、太陽側になった部分の温度が上がってしまう。それで壊れてしまっては本末転倒なので、観測機器のチェックは金星到着後に実施する予定だ。

今後のスケジュール。軌道投入後、3カ月程度かけて初期チェックアウトを行い、定常観測フェーズに移行する

ただ観測機器については、「悲観する材料はあまりない」(同)という。観測機器は元々、探査機の放熱面付近に搭載されており、ここは「温度的には涼しくて快適な場所」(同)だ。放射線による劣化は考えられるものの、それについても「想定内」とのことで、大きな問題は無い模様だ。

科学観測の達成予測。機器が正常であればという前提ではあるが、かなりの部分は達成できる見込み