日本列島を横切る注目の素粒子実験が1年の休止を経て再開された。素粒子ニュートリノを茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCから発射し、西へ295km離れた岐阜県飛騨市神岡町の地下の水チェレンコフニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出するT2K(ティー・ツー・ケイ)実験である。

図1. 反ニュートリノビームと同期してスーパーカミオカンデで検出された事象のイベントディスプレイ。+印は、この反応が起きた位置を、ダイヤ印はそこから見たニュートリノビームの方向を示す。色の付いている小さな丸は、光センサーにチェレンコフ光によるヒットがあった個所を表す。(提供:東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設、T2K実験国際共同研究グループ)

5月26日に再開された今期の実験では、日本で初となる反ニュートリノ(ニュートリノの反粒子)ビームを生成する運転を6月初めから開始、予定通り6月26日に終えた。この間、6月8日には、反ニュートリノビーム運転に同期した事象を観測するのに成功、次の大きな目標であるニュートリノの「CP対称性の破れ」検証へその一歩を踏み出した。

図2. T2K(Tokai to Kamioka)実験の概略。ニュートリノが飛行中どのように変化するかを研究するためのニュートリノ振動実験(提供:T2K実験国際共同研究グループ)

T2K実験は2009年、ニュートリノビームが列島の地下をすり抜ける間に別の種類のニュートリノに変わるニュートリノ振動と呼ばれる現象の精密測定を目標に始まった。13年には電子型ニュートリノ出現と呼ばれる現象を世界で初めて確認し、その第一の目標を達成した。今期からの目標はもっと野心的である。反ニュートリノ(反粒子)ビームで反電子型ニュートリノ出現現象の観測を行い、ニュートリノ(粒子)ビームでのデータと比較して詳しく調べ、粒子と反粒子の反応の違いを示す「CP対称性の破れ」がニュートリノで存在するのかどうかを検証する。

物質を構成する基本粒子はクォークとレプトンに大別される。CP対称性の破れはクォークで実証され、小林・益川理論で説明されているが、レプトンに属するニュートリノでCP対称性が破れているかはまだわかっていない。ニュートリノにCP対称性の破れがあれば、宇宙に物質があふれている「物質優勢宇宙」の事実に対して答えを与える重要な鍵になるとみられている。

J-PARCで約2.5秒ごとにパルス状のニュートリノビームを発射し、約千分の1秒後にスーパーカミオカンデに到達する。事象の観測された時間がビームと同期していれば、ニュートリノビーム起源の反応であるとわかる。J-PARC内の別の実験施設で13年5月に起きた放射性物質漏れ事故のため実験を中断していたが、機器の改修・取り替えなどをして、再開にこぎつけた。現在は点検のため再度停止して、秋からビーム強度を上げて測定する。

今回観測された事象がどのような反応から来たのか、ほかにも反ニュートリノビームに同期した事象が観測されているのか、詳しい解析を現在進めている。同様の実験は米国でも進んでおり、早く結果を出す必要がある。

T2K実験には、世界11カ国約400人の研究者が参加している。実験を率いる小林隆・高エネルギー加速器研究機構教授は「J-PARCハドロン実験施設の事故を受け、1年間実験が中断された。しかし、この間に、予定されていた実験施設のアップグレードや整備を行い、無事実験を再開することができ、反ニュートリノの測定を開始できたので、ほっとしている」と話している。