人は誰でも間違える。すぐ直せるかが問題だ。その間違いを自己修正する脳の仕組みの一端を、理化学研究所(理研) MIT神経回路遺伝学研究センターの山本純研究員、ジャンヒャップ・スー研究員、竹内大吾研究員、利根川進センター長らがマウスの実験で突き止めた。脳波の一種である高周波ガンマ波(30~100ヘルツ)の位相が脳の海馬-嗅内皮質で同期してそろう現象を発見したもので、記憶を呼び出して意識的な行動に変換する仕組みの解明に一歩進んだ。4月25日付の米科学誌セルのオンライン版に発表した。
脳は必要な事柄を覚え、必要な時にその情報を呼び出して実行に移す「ワーキングメモリー」を備えている。また、行動が正しいか間違っているかをモニターして、間違いに気づけば「おっと、これは間違い!」と修正する。一連のプロセスの神経科学的な研究は難しく、あまり進んでいなかった。
利根川進センター長の研究室は最新の手法を組み合わせて、脳の海馬と嗅内皮質の間の情報処理を解析した。海馬-嗅内皮質の神経回路をブロックした遺伝子改変マウスによる行動実験や、脳波の一種の高周波ガンマ波を計測して研究した。T字型迷路のどちらか一方の端に置かれたえさをもらう課題で実験して、ワーキングメモリーを評価した。サンプル試行中は分岐の一方の端にえさを置き、テスト試行中は反対側の端にえさを置いて実験した。
この実験で、野生型のマウスは、迷路の分岐にさしかかる直前に、海馬-嗅内皮質の高周波ガンマ波の位相の同期性が顕著に高まっていた。この神経回路をブロックした遺伝子改変マウスでは、T字型迷路の成績が悪く、高周波ガンマ波も非常に低かった。この解析から、海馬-嗅内皮質の高周波ガンマ波の同期が、空間的なワーキングメモリーを正しく読み出す際に関与していることがわかった。
また、マウスが間違いに気づいて、行き先を意識的に修正してUターンする時には、高周波ガンマ波の同期が空間的、時間的にシフトして位相がそろうことを見つけ、間違いを自己修正する脳の仕組みの一端を初めて捉えた。さらに、光遺伝学的な手法で、嗅内皮質から海馬への入力の神経活動を抑制したところ、マウスの記憶テストの正解率が著しく下がり、海馬-嗅内皮質の間の高周波ガンマ波の位相同期性が低下することも確かめた。
ワーキングメモリーは、日常生活をスムーズに行うために必要で、精神活動研究の大きなテーマである。利根川進センター長のグループは「認知症や注意欠陥多動性障害(ADHD)などの発達障害でも、ワーキングメモリーの障害が指摘されている。今回の発見は、こうした疾患の解明にもつながる」と期待している。
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