東北大学は3月20日、視覚的にものを認識する場合、目が正面を向いている場合の観察に比べて目を横に向けた場合(いわゆる横目の状態)の観察ではうまくできなくなる(成績が下がる)ことを発見したと発表した。

成果は、東北大 電気通信研究所の中島亮一 産学官連携研究員、塩入諭 教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間3月19日付けで米オンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載された。

ヒトは、日常的に多くの情報を視覚から得ている。しかし、ヒトの周囲の環境は多くの視覚情報を持っており、それを1度にすべて処理することはできない。そのため、ヒトは「視覚的注意」という機能を利用して、その一部を選択して優先的にまた逐次的に処理している。

多くの場合、視覚的注意を向ける位置と視線を向ける位置はほぼ同じであるため、視覚的注意を逐次的にさまざまな場所に向けることは、視線をさまざまな場所に向けることとほぼ同じだといえる。ただし、常に一致するわけではなく、視線をある位置に固定したまま、別の場所に注意を向けることができるということが昔から報告されているからだ。一般に、視線と一致した視覚的注意は「顕在的注意」と呼ばれ、視線と一致しない視覚的注意は「潜在的注意」と呼ばれる。

またヒトは、かなり広い範囲(例えば、真横に近い位置にまで)に目を向けることが可能だ。しかし、日常的に目だけを動かして対象を見る範囲というのは、それに比べて狭く、周辺を見る際には目だけではなく、頭や体を動かすことが知られている。つまり、ヒトは横目で対象を見ることをあまり好まないというわけだ。

これに関しては、眼球と頭部の運動制御についての議論(目を動かすのは頭を動かすよりも容易だが、目だけを動かして対象を注視しようとするとその精度が低下するため、頭を動かすコストとベネフィットのバランスによって眼球と頭部をどのように動かすかを決定している)がなされてきた。

一方で、横目で観察することが視覚的な情報処理に影響を与えるかについては、ほとんどわかっていない。そこで研究チームは今回、「ヒトは横目でものを見ることを好まない」という事実に対して、ヒトの視覚的情報処理における側面からのアプローチで、その原因についての検討を実施したのである。

今回の研究では、「視覚探索」と呼ばれる心理学実験でよく用いられる実験課題が利用された。視覚探索とは、複数のアイテムの中からあらかじめ指定された標的を探す課題だ。視覚探索は、大まかに、標的が一目でわかる「並列探索」と、個々のアイテムを1つずつ検討しながら探さなければならない「逐次探索」に分けられる。

主に後者に対して、視覚的注意が大きく関与しているという。今回の研究では、これらの視覚探索課題を、頭部と体を正面に向けた従来の心理実験の条件と、頭部と体を画面とは異なる方向に向けて横目で実験画像を観察する条件で行われた(画像1・2)。

視覚探索課題では、主に標的を見つけるまでの時間を計測する形だ。そして、その時間が短いほど成績が高いといえる。もし横目観察が視覚探索に関係する情報処理全般に影響を及ぼすのであれば、並列探索・逐次探索の両者において、正面観察条件と横目観察条件の間に成績の差が見られると予想されるというわけだ。一方、横目観察が視覚的注意が関与する視覚探索処理に影響を及ぼすならば、逐次探索において、正面観察と横目観察条件間に成績の差が見られると予想される。

画像1(左):今回の研究における、頭部(と体)方向の操作(を上から見た図)。点矢印は視線方向で、太い矢印は頭部方向を示している。頭部が画面方向を向いていない条件では、横目で画面上の画像を観察することになる。画像2(中)と画像3(右)は実験で用いた視覚探索画面。画像2は、逐次探索(1つ1つ、標的かどうかを確認しながら標的であるTを探す課題)の例。画像3は並列探索(一目で標的Tがわかる課題)の例。画像4・5の結果のグラフと刺激の例が対応している

正面および横目観察時の逐次並びに並列探索の課題成績を示したのが画像4・5だ。逐次探索において、横目観察時に探索時間が特に長くなっているのが見て取れる。一方で並列探索では、そのような探索時間の延長が見られないことが確認された。このことから、横目観察は、視覚探索処理全般を妨害するというより、視覚的注意が関与する処理に対して妨害効果を持つことが示唆されたのである。

.今回の研究の実験結果(探索時間:時間が長くなるほど、視覚探索の成績が悪いということができる)。グレーのグラフは正面観察、白のグラフは横目観察条件を示している。画像4(左)は逐次探索の成績、画像5(右)は並列探索の成績。横軸のセットサイズとは、アイテムの個数を示している(例えばセットサイズ4は、4個のアイテムの中から標的を探す課題)。逐次探索において、横目観察時に探索時間の延長が見られる

ただし、この結果は「横目観察時に眼球運動をしにくかったこと」あるいは「斜めの画面を見ているため、右目と左目で観察距離が違っており、入力される網膜像が左右の目で大きく異なったこと」による妨害効果でも説明できるかも知れないという。

つまり、眼球運動制御に関して、周辺に大きく目を動かして対象を見ようとすると、その注視位置の精度が悪くなることが知られているため、横目観察時には注視がうまくできておらず、その結果、視覚探索成績が低下した可能性があるというわけだ。

また、私たちは左右の目に映る像(網膜像)を手掛かりの1つとして、奥行きを知覚している。今回の研究では頭部を斜めに向けて刺激を観察しているため、左右の目における観察距離が異なり、網膜像の大きさに違いが出る。すると、平面的な画面を観察しているにも関わらず、奥行きが知覚され、それが課題遂行を妨害した可能性があるとした。

これらの影響を排除するために、視覚探索画像を瞬間呈示し(眼球運動が起こらない程度の時間だけ画像を呈示する)、かつ片目で観察するという条件のもと、視覚探索課題を実施。それでもなお、正面観察時と比較して、横目観察時の視覚探索成績が低下したのである。これらの結果により、横目観察は、正面観察に比べて、特に視覚的注意が関与する視覚探索処理に対して妨害効果を及ぼすことが明らかになった。

ヒトは普段の生活で、目だけではなく頭や体も動かしながら、ものを見ている。この問題は、これまで眼球や頭部の運動制御の問題だと考えられてきた。しかし今回の研究は、それだけではなく、横目観察がヒトの視覚的な情報処理に妨害効果をもたらすので、その影響を小さくするために頭部を見る対象の方へ向けることを明らかにした形だ。この頭部を含めた視覚的認知のメカニズムに関しては、今後検討をしていかなければならない重要な点だと考えられるという。

さらに今回の成果は、これまでの認知心理学研究において見逃されてきた頭部方向という要因の見直しとなることはもちろん、視覚的注意の推定に関する新しい観点(頭部方向を計測することで、比較的容易に視覚的注意の方向を推定できる)を提案するものだ。例えば、防犯カメラの映像から、特定の人物(例えば怪しい人物)がどこに注意を向けているかの推定に、頭部方向という情報が利用できる可能性があるとする。認知心理学・認知科学の基礎のみならず応用においても、重要な成果とした。