めまぐるしく変化し日々進化を続ける、IT/Webサービスの世界では、自身の方向を失わないための「未来を指し示すコンパス」が必要だ。「Tech Compass」は、その羅針盤を手に入れるためにITエンジニアのスキルアップを支援するセミナー/勉強会である。

早6回を数える今回のテーマは「Love Heroku?」。Herokuとは、クラウド上でアプリケーションを開発・導入・運用できるPaaS(Platform as a Service)である。広範な開発環境へ対応し、シンプルな操作でデプロイできるなどの利便性にすぐれ、多くの開発者を魅了している。

Herokuでデベロッパーマーケティングおよびテクニカルアカウントマネージャーを務める相澤歩氏のほか、Herokuを活用する2社から2名、ウォンテッドリーのCTO 川崎禎紀氏とQuipperのWebアプリケーションエンジニア 長永健介氏を招き、Herokuの魅力と活用方法について講演していただいた。

サービスのリリースを新しいHerokuで早める

Herokuの相澤歩氏

相澤氏は登壇すると「日本の方はまだ知らないかもしれません」と述べ、講演直前に米国で発表されたばかりの新しいバージョンである「Heroku 1」から紹介を行った。

世界中に多数存在するHerokuユーザーのうち、課金しているのは約半数で、その半数が米国のユーザーであるという。国別のユーザー数では、米国が1位、日本は英国・カナダに続いて第4位で課金ユーザーも少ない。

「ベンチャー企業のみならず、大手企業の新規ビジネスにおいても、サービスをより早く形にして世に出すことが求められています。そのためには、従来のシステムのような複雑さを極力減らすことが必要です」

その1つの解が、親会社であるsalesforce.comの機能を、Heroku側からも使えるように機能を拡充したことである。その1つが近々リリース予定の「Heroku Connected」(仮名)だ。これは、salesforceのAPIを意識することなく、salesforceとHerokuとのビジネスデータを自動的に同期してくれる仕組みだという。

「今後の当社の戦略の1つが、Herokuではコンシューマ向けのサービスを展開し、そこから得られたデータをsalesforceと同期してビジネスを運用するという形態です。」

ここで相澤氏は、米ペプシコがエナジードリンクのマーケティングで開発したモバイルアプリや、アシックスがニューヨークシティマラソンで企画したサービスなどの事例を取り上げ、Herokuが大規模ビジネスに活用されていることを強調した。 最後に聴講者から「いつ東京リージョンが登場するのか」という質問が出されると、相澤氏は次のように回答した。

「今のところ、いつと答えることはできません。当社の戦略として、必ず一部の信頼できるユーザーにテストしてもらい、フィードバックを得てからリージョンを開設するためです。ただし、ユーザーから東京やシンガポールなどでのリリースが強く望まれていることも、私たちが新たなリージョン開設を行おうと思っていることも事実です」

Herokuは優秀なインフラエンジニア

ウォンテッドリーの川崎禎紀氏

続いて壇上にあがったのはウォンテッドリーの川崎氏だ。同社が運営する「Wantedly」では、Herokuを使って2年ほどサービスを運用している。

Wantedlyは、SNSの仕組みを使った転職サービスの一種である。登録すると友だちやその友だちなどが働く企業を知ることができ、転職意識が高まる前からさまざまな企業情報や人脈を作ることができる。

ウォンテッドリー創設者の仲暁子氏は営業出身で、設立当初は1人のエンジニアもいなかった。仲氏はいくつかのWebサイトを作る過程で、独学でRubyを学んだりVPSサービスを契約したりとさまざまに試みる中でHerokuに出会った。そして何とかデプロイに成功して前身である「Wanted」を立ち上げた。

「HerokuとRailsは、非エンジニアでも学習できます。重要なのはエンジニアでなくてもアイデアと情熱さえあれば、1人でサービスを始められるということです。これが従来のPaaSと大きく違う点です」

サービスがスタートした2012年春、川崎氏がWantedly経由で入社して専任のエンジニアを抱える体制となった。当時のWantedlyのプロセス数は、Web、Workerそれぞれで1Dynoずつだったという。

「この時点でHerokuを止めるという選択肢もありましたが、私たちは使い続けました。というのも、スタートアップ企業においては、エンジニアリソースをBuild-Measure-Learnサイクルに集中し、新しい価値をできるだけ早く提供することが重要だからです」

小さな企業では貴重なリソースをインフラ整備に回すことはできない。そこでHerokuをインフラエンジニアとして捉えれば、これほど低賃金で優秀なスタッフはいないというのがウォンテッドリーの考え方だ。

聴講者から「技術者としてPaaSを使う理由は」という質問が出ると、川崎氏は「良い質問だが回答は難しい」としながら、次のように答えた。

「他のPaaSに比べてHerokuがよいと感じているのは、プロダクトの改善速度が早いことです。Heroku自体がどんどんよくなっていきます。運営母体も安定感があって安心して使えます」