理化学研究所(理研)は11月7日、生物が持つストレスに対する防御応答のバランスを保つ機構の一端を、大腸菌を用いた実験によって発見したと発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 米倉生体機構研究室の米倉功治准主任研究員、同・渡邊真宏特別研究員(現・産業技術総合究所所属研究員)、同・影山裕子テクニカルスタッフ、同・生物試料基盤グループの眞木さおり研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間11月7日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

生物は、温度変化、活性酸素、紫外線などのストレスにさらされると、さまざまなストレス応答タンパク質の合成量を調節して、生き延びるための防御の応答を行う。例えば、細菌を富栄養環境で育てると、エネルギー代謝が増え、活性酸素である過酸化水素が大量に発生し細胞にストレスを与える。この時、細胞内では「カタラーゼ」という過酸化水素を分解する酵素が増産され、過酸化水素は速やかに水と酸素に分解されるというわけだ。なおカタラーゼは、ヒトから好気性細菌まで地球の生物の多くが持つ4量体の酵素である。

タンパク質は、DNAの塩基配列がメッセンジャーRNA(mRNA)に写しとられ(転写)、順番にアミノ酸が重合し合成(翻訳)され、その過程でリング状の構造を形成するRNA結合タンパク質「Hfq」と、タンパク質の配列情報を持たない短いRNA分子「sRNA」がmRNAと相互作用し、mRNAの安定性とタンパク質への翻訳活性の調節を行う。

なおHfqの仲間はヒトから細菌まで広く存在し、いずれもmRNAやsRNAなどのRNAと結合してその3次元構造を安定化させる機能を持つ。またヒトのHfqは、7量体のリング構造を形成するタンパク質「LSm」として知られ、mRNAの編集などに関係している。同様にsRNAもmRNAと相互作用し、タンパク質の翻訳調節も行う。

話を戻すと、ストレス環境下においてHfqとsRNAは、DNAの塩基配列を読み取って相補的なmRNAを合成する「RNA合成酵素(RNAポリメラーゼ)」における、DNA上で転写を開始する場所を決定するタンパク質の「シグマ因子」の1つである「RpoS」の配列情報が転写されたmRNAと作用し、RpoSの合成を促進させる。

合成されたRpoSはRNA合成酵素に結合し、DNA上でカタラーゼの遺伝子を認識して、そのmRNAの合成を促進。その結果、カタラーゼのmRNAの翻訳が進み、カタラーゼの合成量は上昇するというわけだ。カタラーゼは、有害な過酸化水素を分解するため、細胞内の環境の恒常性はストレス環境下でも保たれることになるのである。このように、Hfqはカタラーゼを含むさまざまなタンパク質合成に関与していることは知られているが、その詳細な分子機構については、ほとんどわかっていない状況だ。

そこで研究チームは今回、ストレスを与えた環境で大腸菌を生育し、ストレス環境下において多量に合成されるタンパク質の同定を行った。その結果、カタラーゼとHfqの合成量の増加が確認されたのである。得られた試料を電子顕微鏡で観察したところ、カタラーゼにHfqが結合した大きな複合体が発見された(画像1~3)。

画像1・画像2・画像3:Hfqとカタラーゼ複合体の電子顕微鏡像。Hfqのリング状の構造が矢印で示されている。画像1の横棒は、10nmに相当

この複合体の結晶を作成し(画像4)、理研が所有し高輝度光科学研究センターが運用する大型放射光施設「SPring-8」のX線ビームライン「BL32XU」を用いてその立体構造が解析された(画像5・6)。得られた構造から、HfqにあるRNAとの結合部位のアミノ酸にカタラーゼが結合することで、「Hfq-カタラーゼ複合体」が安定化するということが判明したのである。また結合に関わるアミノ酸の数は多くなく、両者の結合力はそれほど強くないことが示唆された。

画像4(左):Hfq-カタラーゼ複合体の結晶。横棒は100マイクロメートル(μm)に相当。 画像5(中):Hfqとカタラーゼ複合体の結晶構造を表したもので、結晶中での並び。紫色はカタラーゼ。水色はHfq。 画像6(右):Hfqとカタラーゼ複合体の拡大図。緑色と水色で示したHfqリングの1つが、紫色と黄色示したカタラーゼ1分子に結合する。ほかの分子モデルは灰色で示されている。カタラーゼは4量体、Hfqは6量体のリング構造が機能単位

過酸化酸素が多量に生成されるストレス環境下では、カタラーゼの合成が促進されることがわかっている。今回の実験から多量のカタラーゼが細胞内に蓄積すると、Hfqとの複合体が形成されることが確認された。これにより、HfqはRNAと結合ができなくなり、タンパク質の翻訳活性が抑制され、結果として、カタラーゼを含むストレス応答タンパク質の合成が抑制されるというわけだ(画像7)。

一方、細胞分裂や細胞内の代謝作用で、合成されたタンパク質の濃度は時間の経過と共に下がっていく。Hfqとカタラーゼの結合は強くなく、どちらかもしくは両方のタンパク質の量が減ると、Hfqはカタラーゼから外れるか、新しい複合体の形成が抑えられ、タンパク質の合成を調節するHfq本来の機能を発揮すると考えられるという。

画像7は、Hfqとカタラーゼ複合体のタンパク質合成制御を表した模式図だ。前述したように、ストレス環境下では、HfqとsRNAによりRNA合成酵素の補因子であるシグマ因子の1つRpoSの合成が促進される。RpoSはRNA合成酵素と複合体を形成し、DNA上でカタラーゼの遺伝子を認識。そしてそのmRNAが転写され、カタラーゼが合成される。細胞内に大量のカタラーゼが蓄積されると、Hfqとカタラーゼは複合体を形成。これによりHfqの機能を阻害、RpoSの合成が抑制される。その結果、カタラーゼの増産が止まり、細胞内のカタラーゼ濃度はある一定の値以下に保たれるというわけだ。

画像7。Hfqとカタラーゼ複合体のタンパク質合成制御を表した模式図

これらの結果は、Hfqの機能に関与する分子機構の一端を明らかにしただけでなく、ストレス応答タンパク質自身に、Hfqと複合体を形成することで自身の合成量を調節する機構があることを示している。すなわち、生体内にはHfqの働きを制御し、ストレス応答タンパク質の合成量を調節することでストレスに対する防御反応のバランスを保つ機構があるといえるという。

生物がさまざまな環境下で生き延びるには、ストレスに対する防御応答が非常に重要だ。ストレス環境下で、Hfqが関与するタンパク質の翻訳調節は広範にわたるが、その分子機構やほかのタンパク質と結合した際の立体構造はこれまで明らかになっていなかった。しかし今回の成果が得られたことで、Hfqとその仲間のタンパク質が関わる多くの生命活動への理解が深まったと同時に、得られた立体構造の情報を基にしたタンパク質合成制御機構の生物工学への応用などが期待できるとしている。