大阪大学(阪大)は11月4日、各細胞に含まれる染色体の駆動エンジンとなる「動原体」が、染色体上の新しい場所に設置される手順を新たに明らかにしたと発表した。

成果は、阪大大学院 生命機能研究科の石井浩二郎招へい准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間11月3日付けで英科学誌「Nature Structural & Molecular Biology」オンライン速報版に掲載された。

染色体の多くは細胞分裂期には中央部がくびれた「X型」の形を取る。そのくびれ部分に形成されるのが、染色体の駆動エンジンである動原体だ(画像1)。実際には、くびれが染色体の端にある場合や、くびれをまったく示さない染色体も知られているが、どの染色体にも動原体は必ず1つ存在する。なぜなら、染色体は生命の設計図であるゲノムDNAを収納しており、動原体が作り出す染色体の緻密な動きは、ゲノムを娘細胞に忠実に継承するために必要不可欠だからだ。

また、くびれ部分は「セントロメア」という特殊な繰り返しDNA配列で成り立っている(画像1)。しかし近年の研究により、動原体はセントロメアDNA以外のDNA配列上にも形成されうることがわかってきた。そのような非セントロメアDNA配列上での動原体の形成は、偶発的に生まれたセントロメアを持たない染色体断片を安定に維持させる正の働きがあるが、同時に、複数の駆動エンジンを1つの染色体上に作り出して染色体の適正な動きを損なわせ、ゲノムを不安定化してしまう負の働きもある。その働きがどのように調整されているのか、これまではよくわかっていなかった。

画像1。染色体と動原体の模式図

石井招へい准教授らは、酵母を操作して生きたまま1つの染色体のセントロメア領域を破壊する実験を進めている(画像2)。セントロメアの破壊によって大半の酵母は死滅してしまうが、その中からセントロメア以外の新しいDNA領域に動原体を形成して生き残ってくる酵母細胞が見出されることがある。

今回の研究において第3染色体のセントロメア破壊実験が行われ、その結果、ほかの染色体の場合と同様に生き残る酵母が見出された。しかしその細胞は病的で、出現後しばらくすると死んでしまうことが確認されたのである。そして細胞が病的なのは、その細胞の中の第3染色体上に新たに設置された動原体がまるで"仮"設置のように不安定なことが原因であることも判明した。

その動原体の不安定さは「H2A.Z」という特定型の「ヒストンタンパク質」を含む染色体領域に動原体が仮設置されたために、動原体の安定維持に必要なタンパク質の結合が低下した結果生じていたのである(画像2)。ヒストンH2A.Zを含まない領域に設置された動原体は問題なく安定に維持された。また不安定だった動原体もヒストンH2A.Zを設置領域から除去すると安定に維持されるようになることが確かめられている(画像3)。

画像2は、セントロメア破壊染色体の新規DNA領域に動原体が安定に設置される手順。上段の染色体のセントロメア部分と末端部分はヒストンH2A.Z(青)が少ない。中段でセントロメアを破壊すると、動原体(マゼンタ楕円"A")は一過的には末端部分にも中央部分にも"仮"設置される。そして下段では、H2A.Zの存在する中央部分では動原体の安定維持に必要なタンパク質「Scm3」(緑楕円)が安定に結合できないために仮設置された動原体はその内に消滅するが、H2A.Zのない末端部分ではScm3が安定に結合し、動原体Aの安定な設置が完了する。第3染色体では末端部分の動原体形成領域にもはじめからH2A.Zが存在しているため、中段の"仮"設置状態の動原体しか見出されない。

画像2(左):セントロメア破壊染色体の新規DNA領域に動原体が安定に設置される手順。 画像3(右):不安定な動原体を持つ酵母(赤)から、安定な動原体を持つ酵母(白)が出現する。白い酵母コロニーは赤い酵母コロニーから自発的に生まれてくる。白コロニー中に含まれる酵母細胞では第3染色体がさらに変化を起こしており、その動原体の設置領域からはヒストンH2A.Zがなくなっていることが確認された。

ヒストンH2A.Zは。遺伝子発現の高い染色体ゲノム領域により多く蓄積することが知られている。今回の発見は、染色体上の重要な遺伝子発現領域が動原体の形成領域と重複してしまうことを避けるための保証機構を明らかにしたものだという(画像2)。この機構により、染色体駆動エンジンの"無軌道"な設置を避けることができるというわけだ。

一方で、不安定な動原体のみに駆動を頼ることになった染色体は、細胞に病的さを与えるが即死にするわけではなく、そこから正常に生育する適応細胞を生み出す猶予を作り出している(画像3)。秩序は保ちつつも硬直しない、染色体機能制御の適度に柔軟な側面が如実に感じられる機構といえるだろう。

今回の成果は、生物進化さえも下支えすると思われるこの染色体の頑強な特性を、今後分子レベルで解明していくのに大いに役立つ発見と考えると石井招へい准教授らはいう。また、新規DNA領域での動原体形成はこれまでにさまざまな腫瘍細胞で見つかっている。腫瘍形成とゲノム不安定性の間には深い関連が指摘されており、今回の研究成果は将来的な制がん治療の技術開発に関わってくる可能性もあるものと考えるとした。