理化学研究所(理研)と高輝度光科学研究センター(JASRI)は8月16日、加速器の安定性やビーム品質を落とさずに線形加速器の電子ビームを「電子バンチ(電子の集団)」ごとに異なる目標ビームエネルギーまで加速する方法を考案し、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」を用いて実証したと共同で発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 加速器研究開発グループ 先端ビームチームの原徹チームリーダー、同・田中均部門長、同・ビームライン研究開発グループ理論支援チームの玉作賢治専任研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月16日付けで「Physical Review Special Topics-Accelerator and Beams」オンライン版に掲載された。

XFEL施設から発振されるレーザー光は、パルス幅が10フェムト秒以下でピークパワーが10ギガワット以上と、既存の放射光に比べ100億倍明るいため、原子や分子の瞬間的な動きが観察でき、物理学、化学、生物学などさまざまな分野の実験に使われ始めている。

これまでSPring-8などが放つ放射光では不可能と考えられていた実験を行えるようになることから、SACLAや米国SLAC国立加速器研究所(旧スタンフォード線形加速器センター)の「LCLS」といったXFEL施設の利用実験は、今後増大すると予想されているところだ。

それに対応するため、ビームラインの複数化が世界の各XFEL施設で計画されているが、複数のビームラインで同時に利用実験を行う場合、ビームラインごとに異なるレーザー波長に対し、電子ビームのエネルギーを電子バンチ(電子の集団)ごとにどのように変化させるかが課題となっていた。

複数のビームラインを同時に用いるマルチビームライン運転では、線形加速器で加速された電子バンチを、パルス電磁石などを用いてそれぞれのビームラインに振り分ける。しかし、線形加速器のパラメータを電子バンチ加速の度に変更することは技術的に難しく、できたとしても線形加速器の安定性を大きく損なってしまう。

それを避けるために従来考えられていたのは、低エネルギーの電子ビームを線形加速器途中のエネルギーがまだ低い部分で取り出し、「アンジュレーター」に通す方法だった(画像1)。アンジュレーターとは、NとSの極性を交互に反転させた永久磁石列を上下に並べた装置のことで、電子ビームが上下の磁石列の間を通過する時、アンジュレーターの周期磁場によって電子ビーム軌道は左右にうねり放射光を発生する仕組みである。

画像1。線形加速器の動作繰り返しが同一で低エネルギービームは加速器途中から取り出す従来のXFELマルチビームラインのデザイン

しかし、この方法では、アンジュレーターや利用実験を行う建屋が新たに必要なためコストがかかるだけでなく、レーザー光の波長によって実験する建屋が変わるので実験装置を移動しなければならず、効率的な施設の運用に支障が出てしまう。そこで研究チームはそうした課題を解決するため、効率的に電子ビームをオーダーメードで加速する手法の考案に挑んだのである。

研究チームは、線形加速器の終端にすべてのビームラインを展開し、各ビームラインに最適なエネルギーを持った電子バンチの供給を可能にする方法を考案(画像2)。この方法は、線形加速器の加速管ユニットを動作させるタイミングシステムを工夫することにより、下流の加速器を構成する「加速管ユニット」(SACLAの場合、有効なユニット数は52)を、電子バンチにおける繰り返し周波数の整数分の1の周波数で動作させ、電子バンチごとに異なる目標エネルギーまで加速するというものだ(画像3)。この時、加速器はすべて一定の繰り返し条件で動く定常状態で運転されるため、加速器の安定性や電子ビームの品質を損なうことはないというわけである。

画像2(左):今回の方式を採用したXFELマルチビームライン。線形加速器の繰り返しを一部変えることで電子バンチごとのエネルギーを制御する。画像3(右):今回考案したオーダーメード電子加速の例。今回考案した方法で3本のビームラインに最適なエネルギーの電子バンチを供給することができる。8GeVの電子バンチ(緑)の場合、加速管52ユニット(赤と青と緑)すべてで加速される。5.4GeVの電子バンチ(赤)の場合、上流側加速管32ユニット(赤)のみで加速される。6.7GeVの電子バンチ(青)の場合、加速管42ユニット(赤と青)だけで加速される

次に、今回考案した手法で実際にSACLAを用いた実証実験が行われた。その結果、10Hzの電子バンチを、異なる2つの目標ビームエネルギー(8GeVと6.9GeV)まで交互に加速するに成功した(画像4)。また、これらの電子ビームをSACLAビームライン「BL3」のアンジュレーターに通して異なるビームエネルギーでレーザー発振を得ることにも成功。さらに、10Hzの電子バンチを3つの目標ビームエネルギーまで電子バンチごとに加速し、レーザー発振させることにも成功している(画像5)。各ビームエネルギーでレーザー発振が得られていることからもわかるように、電子ビームの安定性や品質は損なわれないことも確認された。

画像4(左):10Hzの電子バンチを異なる2つの目標ビームエネルギーまで交互に加速した実験結果(各点は繰り返し10Hzの電子バンチのエネルギーを示す)。画像5(右):異なる3つのビームエネルギーまで電子バンチを加速し、各エネルギーに対応した波長でレーザー発振させた時のスペクトル

今回SACLAで実証された技術は、加速管ユニット単位でビームエネルギーを変えることができ、安定にレーザー発振が可能な条件において、4GeVから8.5GeVの範囲で異なる電子ビームの供給を行うことが可能だ。また、パルス電磁石を用いた電子バンチ振り分けシステムと組み合わせることで、多数のビームラインに最適なエネルギーを持った電子ビームを供給し、すべてのビームラインで強度の強いレーザー光も利用できる。この技術は、すべてのビームラインを同じ建屋内にコンパクトに並べて配置することができるため、今後計画されているXFEL施設の基本設計に大きなインパクトがあると予想できるという。

また、現状よりも約100倍明るくするためのSPring-8次期計画において予定されている、SACLAからSPring-8蓄積リングへのトップアップ運転(電子を継ぎ足し入射し蓄積電流を通常運転時の上限一杯に維持する運転)のための電子ビーム入射では、不可欠な技術要素となるとしている。