科学技術振興機構(JST)と東京大学は7月22日、東海大学、京都大学、金沢大学との共同研究により、「肺線維症」をもたらす「活性化線維芽細胞」が病変部位に集積するメカニズムの一端を明らかにしたと共同で発表した。

成果は、東大医学系研究科の津久井達哉氏(日本学術振興会特別研究員)、同・上羽悟史講師、同・松島綱治教授、東海大の稲垣豊教授、京大の戸村道夫准教授、金沢大の橋本真一特任教授らの共同研究チームによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われたもので、詳細な内容は、米国東部時間7月22日付けで国科学誌「The American Journal of Pathology」のオンライン速報版に掲載された。

「臓器線維化」は慢性炎症状態にある臓器において、「I型コラーゲン」などの膠原線維が不可逆的に沈着し、再生が不可能になる疾患のことをいう。臓器の機能を担う上皮組織がI型コラーゲンを含む「細胞外マトリックス」に置き換わってしまうのだ。細胞外マトリックスとは、組織の細胞外領域に存在し、組織の構造を保ったり、細胞の足場を提供する役割を果たしたりするとをいう。結合組織を構成する主な分子でもあり、細胞外マトリックスを構成する主な分子としてはコラーゲンやヘパラン硫酸、ヒアルロン酸など、アンチエイジングで耳にする分子も多いはずだ。

こうした臓器線維化が進行すると最終的には臓器不全に至ってしまう。代表的な線維化疾患として、肝臓が繊維化する「肝硬変」などがあり、その患者数は約40万人におよぶ。さらに、「糖尿病性腎症」により透析を受けている患者も約10万人におよんでいる。肺の線維化疾患のように、中には線維化による臓器不全が死に直結してしまうものもあり、「特発性肺線維症」の患者数は国内においては1万人以上だ。これらの線維化疾患に対しては臓器移植を除いて有効な治療法がなく、治療薬の開発に向けた線維化のメカニズム解明が急がれている。

線維化をもたらす原因として、活性化した線維芽細胞が線維化部位に集積し、I型コラーゲンを大量に産生することが解明済みだ。特に、「α-SMA(α-smooth muscle actin)」と呼ばれる平滑筋細胞に多く存在するタンパク質を発現する「筋線維芽細胞」が、細胞外マトリックスタンパク質を高発現することが知られていた。

しかし、筋線維芽細胞の起源となる細胞に関してはさまざまな議論があり、その分化経路や供給・維持機構は不明なままである。技術的にも、線維芽細胞には特異的な表面マーカー分子が見つかっておらず、同定が困難だ。また従来の線維化研究で主な研究手法であった病理組織解析では、細胞機能や遺伝子発現の変化を評価できなかったため、線維化の過程で活性化した線維芽細胞がどのように線維化部位へ集積するのか、その詳細は不明だった。

そうした中で研究チームは今回、「ブレオマイシン」(肺の線維化という副作用が問題となっている抗がん剤の1種)誘導性マウス肺線維症モデルにおける線維芽細胞の量的・質的変化を定量的に解析することに成功したのである。

線維芽細胞数の経時的な変動を解析したところ、これまで線維化部位で増加すると考えられてきた線維芽細胞の肺全体における数は、実際には増加しないことが明らかになった。また、線維芽細胞の一部はα-SMAを発現し、筋線維芽細胞に分化していることも判明。線維化に伴う線維芽細胞の増殖と細胞死の関係も調べられ、炎症のピーク時には細胞増殖と細胞死はどちらも高まるが、線維化部位で集積している線維芽細胞で細胞増殖により増えた細胞はごく一部であり、線維芽細胞の集積に細胞移動が大きく関与している可能性が初めて示されたのである(画像1)。

定量的な線維芽細胞の動態解析。画像1(左):ブレオマイシン投与後21日目の肺のヘマトキシリン・エオシン染色。ブレオマイシンをマウスの気道内に投与すると投与後7日から28日にかけて肺線維症を引き起こす。画像2(中):今回の研究で用いられたI型コラーゲン(Col1a2)のレポーターマウス。Col1a2遺伝子の線維芽細胞特異的に働くエンハンサー領域制御下にGFP(緑色蛍光タンパク質)が発現する遺伝子改変マウスを用いることで、線維芽細胞を標識することが可能だ。このマウスの肺の細胞を分散した溶液をフローサイトメトリーにかけると、GFP陽性の線維芽細胞が同定できる(左画像)。また、組織を観察するとI型コラーゲンが蓄積している線維化領域で、GFP陽性の線維芽細胞がクラスターを形成している様子がわかる(右画像)。画像3(右):このレポーターマウスや、細胞周期インディケーターFucciマウスと細胞死インディケーターSCAT3.1マウスを組み合わせることで、線維芽細胞の細胞周期(増殖)や細胞死を調べることが可能だ。ブレオマイシン投与後7日をピークに細胞周期と細胞死が高まったが、線維芽細胞全体の細胞数は投与後21日まで大きな変化がなかった

また、高度に純化した線維芽細胞について、次世代DNAシークエンサーを用いた包括的遺伝子発現解析を行い、線維化の進行に伴い肺線維芽細胞で発現変動するすべての遺伝子を明らかにした。その結果、細胞外マトリックスや細胞周期、細胞移動に関わる分子の遺伝子発現が高くなっており、特に細胞外マトリックスタンパク質の1種である「オステオポンチン」が強く誘導され、新たな活性化線維芽細胞マーカーならびに病勢マーカーになる可能性が見出されたのである(画像4)。

画像4(左):セルソーターを用いて通常肺と線維化肺から線維芽細胞を単離し、mRNAを抽出した後に次世代シークエンサーを用いて遺伝子発現解析が行われた。左の表は発現上昇した上位の遺伝子。右の表は発現上昇した遺伝子の機能を調べ、どのような役割を持った遺伝子が多いか解析したもの。線維症において臓器に蓄積する細胞外マトリックス関連の遺伝子が数多く上昇している。画像5(右):発現上昇していた遺伝子の中でも、オステオポンチン(OPN、Spp1という遺伝子によってコードされる)という分子が最も劇的に上昇していた。オステオポンチンは線維化誘導後、肺胞洗浄液中にも見られる(左)。線維芽細胞におけるオステオポンチンの発現が調べられたところ、活性化した大きな線維芽細胞で主に発現されていることがわかった

以上の結果から、肺の線維化が進行する部位ではオステオポンチンを発現する線維芽細胞が多く存在し、線維化領域の中央部ではα-SMAを発現する筋繊維芽細胞に分化することが明らかになった。また、オステオポンチンが線維芽細胞の線維化領域への移動を促進している可能性が示唆された形だ(画像6)。

画像6は、オステオポンチン陽性活性化線維芽細胞は線維化の最前線に集積するということを表した模式図。蛍光免疫染色でオステオポンチンを発現している線維芽細胞の肺における局在が調べられたところ、線維芽細胞がクラスターを形成している線維化領域の最前線(リモデリング部位)に存在していることが明らかとなった。またα-SMAを発現している筋線維芽細胞は線維化領域の中央部に多く存在していた。このことはオステオポンチン陽性線維芽細胞が線維化領域の拡大に積極的な役割を果たしている可能性を示している。

画像6。オステオポンチン陽性活性化線維芽細胞は線維化の最前線に集積するということを表した模式図

今回明らかになった線維芽細胞特異的な遺伝子発現と線維芽細胞集積のメカニズムに基づき、線維化の進行と不可逆性のメカニズムが細胞、分子レベルで明らかにされることで、肺線維症の新たな診断・予防・治療法の開発につながることが期待されるとしている。