企業が最も求めているのは、“今あるデータ”の活用

ビッグデータというと、ツイッターやフェイスブックなどWeb上に溢れているソーシャルなデータを活用するというイメージが強い。しかし意外なことに、企業がビッグデータの取り組み対象として考えているデータの種類の中で最も多いのは、通常の業務データなのだという。

「企業に『ビッグデータでどんなデータを処理したいか』を問うアンケート調査を行った結果、一番回答が多かったのが業務システムから流れてくるトランザクションデータだったのです。その割合は過半数に達しています。そして次に多かったのがPOSデータです。このように、現実的に企業が望んでいるのは、今あるデータの活用だと言えるでしょう。自分たちが持っているデータを、これまで収集しきれなかったものも含めて、より高速かつ詳細に処理分析したいというのが最大のニーズとなるわけです」と生熊氏は強調する。

調査結果によるとソーシャルデータの活用を望む企業も3割強あるが、そうしたデータを具体的に収益向上にまで生かすためには、ほとんどの企業にとってはまだまだ敷居が高いようだ。

このような現状を踏まえて、これからのビッグデータの取り組みにおいて企業がとるべきスタンスについて生熊氏は、「今あるデータと新たなデータとを融合することで、従来には得られなかった知見が出てくるはずです。こうした新旧データの組み合わせによるシナジーを狙うというのが次のステップとして最も現実的ではないでしょうか。実際、既にこの段階に入っている企業は数多く存在します」とアドバイスを送る。

ビッグデータは、「3V」から「3A」へ

それでは、ビッグデータを活用するためにはどういった視点でデータ分析を行えばいいのか──生熊氏はまず企業が陥りがちな失敗例について次のように警告する。

「とにかく“何でもかんでもデータをためておけば役に立つのではないか”という発想はやめるべきです。そんなことをしようとすれば、ものすごい量のデータを集めなければいけなくなるでしょう。それはグーグルのような企業であればこそできることであって、普通の企業には非常に難しいものです」

そして、一般的な企業が取るべきデータ分析のスタンスについて生熊氏は、「まずははっきりとした目的を持って分析を行うことが大切です。『ビッグデータによって何をしたいのか』という明確な目的を定義したうえで、そのためにどういう判断材料がいるかを検討していくのです。次に、今持っている材料はどういうものか、足りない材料は何か、がわかって初めてデータを収集できるようになります」と意見を述べる。こうした手順を踏まなかった企業のほとんどが失敗しているのだという。

よくビッグデータ活用で抑えるべき要素としてITベンダーなどが挙げるものに「3V」がある。これは、「Volume(量)」、「Variety(種類)」、「Velocity(頻度)」の3つを指す。しかし生熊氏は、「3Vはあくまでビッグデータの特性を表しているに過ぎない」としたうえで、企業がビッグデータのニーズを満たすために着目すべき要素として「3A」を提唱する。3Aとは、「Acquire(収集)」、「Analyze(分析)」、「Action(行動)」のことだ。

「この3Aの中でも最も大事なのが『Action』です。ここまでやって初めてビッグデータの活用だと言えるからです。なのに、実際には『Analyze』までやり終えたところで満足してしまっている企業が多いと感じますね。 アクションに繋がるデータ、つまりアクショナブル・データ(Actionable Data)を企業に散在するさまざまなデータ同士の組み合わせや関連性から引き出すことができれば、企業にとっての大きなプラスとなるでしょう。」(生熊氏)

データサイエンティストはなぜ“ひっぱりダコ”なのか

今、ビジネスの世界でデータサイエンティストが強く求められているのも、彼らこそがこの「Action」を担う存在であるからだ。

生熊氏は言う。「データサイエンティストというのは、従来の統計解析者とは異なります。統計解析者はデータの分析までで役目を終わっていましたが、データサイエンティストには分析から行動につなげるまでの役割が強く求められているのです。新しいデータ分析手法を開拓し、実際にビジネスを遂行している営業担当者が自ら分析して自分たちの仕事の意思決定に役立ててもらえるようにする──ここまでやらねばいけないのです。そのため、分析技術はもちろんのこと、ビジネスにも精通している必要があります。さらには、現場のスタッフたちに新しい分析手法の有効性を説明し、その活用を説得できるような高いコミュニケーション能力も強く求められているのです」

ここまで多彩かつ高いスキルが必要となるため、生熊氏の見解によると、現在のところ本当の意味でデータサイエンティストと呼べる人材は滅多にいないのだという。そしてそのようなデータサイエンティストは、目下世界中の名だたる企業の間で奪い合いの構図を呈している。これでは、これからビッグデータに取り組もうとする企業が自社で雇うというのはほぼ不可能に近いだろう。

「なので、次善の策として推奨したいのが、1人のデータサイエンティストの役割をチームによって担うというやり方です。新しい分析手法を編み出す人、それに基づいてデータ分析を行う人、分析手法と結果を現場へと橋渡しする人、といったように、個々の能力を持った人たちを組み合わせるのですね。今はそうすることが最も現実的な方法だと考えます。また、こういった考え方は日本人の気質にも合っているのではないでしょうか」

生熊氏の意見をまとめれば、現在自社で持っているデータと新たなデータを組み合わせて活用すること、データ分析に長けた人間とビジネスへの適用能力に優れた人間とを組み合わせてチームとして行動させることが、現在、多くの企業にとってのビッグデータ活用の現実解であると言えるだろう。