横浜市立大学(横浜市大)は5月31日、愛媛大学との共同研究により、動脈硬化症患者血清中に複数の自己抗体が存在することを明らかにし、さらに「バイオインフォマティクス的手法」を用いた解析を行い、患者血清中の「抗インターロイキン5(IL-5)抗体」が、有意に高値であることを証明したと発表した。

成果は、横浜市大 学術院医学群 循環器内科学の石上友章准教授、同・微生物学の梁明秀教授、同・分子病理学の青木一郎教授、愛大 プロテオサイエンスセンター(PROS)の澤崎達也教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月22日付けで米学会誌「The Federation of American Societies for Experimental Biology」オンライン版に掲載された。

動脈硬化症の成因は、近年の分子生物学や、細胞生理学的な研究の成果から、動脈硬化症を呈する動脈壁、特に内皮細胞の直下である内膜に、リンパ球や、「単球」、「抗原提示細胞(樹状細胞)」、「マクロファージ」といった炎症性細胞が多く認められることが明らかになり、動脈硬化症の成因仮説として従来とは異なる「炎症説」が提唱されるようになった。

多くの研究から、「C反応性タンパク質(CRP)」が動脈硬化症と関連することが報告され、CRPは炎症性マーカーであることから同症の炎症説は幅広く支持されている。従って、生活習慣病の終末像である動脈硬化症の制圧には、炎症を制圧することが必須だという。しかし、同症における炎症をもたらす生物学的基盤については、十分わかっていなかった。

今回の研究では、PROSが確立した洗浄小麦胚芽抽出液を使った無細胞系での高効率なタンパク合成技術「セルフリー」により、N末端に「ビオチン結合配列」を導入した約2000種類のタンパク質を合成。そして動脈硬化症患者より採取したプール血清と反応させることで、合成タンパク質と結合する血清中の「ヒトγグロブリンIgG」を高感度・ハイスループットに検出するアッセイ法を開発し、動脈硬化症患者血清中の自己抗体解析への応用が行われた。

そしてプール血清に対して得られたデータに対して、自然言語処理を応用したテキスト・マイニングによるバイオインフォマティクス解析が実施され、19種類のタンパク質を同定。その19種類の中から、「Th2サイトカイン」(細胞間でやり取りされる多様な生理活性を持つタンパク質の1種)であるIL-5に着目してさらに解析が進められたところ、同一の血清に対するアッセイでは、Full lengthのcDNA(相補的DNA)より合成したIL-5に比較して、deletion mutantから合成した分泌型IL-5に対する抗体価が有意に高値であることが明らかになった。

「閉塞性動脈硬化症(末梢動脈疾患PAD)」患者90名、「冠状動脈硬化症(CAD)」患者20名および、年齢をマッチさせた健常成人80名の個別血清に対して、抗分泌型IL-5抗体価の測定がなされたところ、健常成人に比較して、PAD・CAD群で有意に抗体価が高値を示すことが明らかになった(画像1)。

画像1。抗分泌型IL-5抗体価の比較(Controlは、年齢マッチ健常成人)

また全データに対して、多変量回帰分析も行われ、血中抗IL-5抗体価は有意に血中IL-5濃度と逆相関しており、患者血中の自己抗体がIL-5の働きを抑制している可能性が示唆されたのである。

今回の研究で動脈硬化症患者血清中に認められた自己抗体は、自己免疫疾患の代表である慢性関節性リウマチに対する自験データと比較すると、まったく異なっており、動脈硬化症に特異的な自己抗体が存在すると考えられるという。このことから、動脈硬化症における炎症をもたらす機序として、自己抗体を介する自己免疫的機序が関与することが示された。動脈硬化症を自己免疫疾患としてとらえなおして理解するという、重大なパラダイムの転換を伴った今後の展開がもたらされると予想されるとしている。

また今回の研究に応用した、高感度・ハイスループット自己抗体アッセイ法を、動脈硬化症ハイリスク患者に対して応用することによって、個々の患者の自己抗体プロフィルを明らかにすることが可能になり、その結果として、自己抗体プロフィルを治療標的とした動脈硬化症の治療の個別化が実現する可能性があるとした。

さらに今回の研究で着目した抗IL-5抗体は、動脈硬化症の新規バイオマーカーとして、動脈硬化症の早期発見、早期治療を実現する可能性があるという。動脈硬化症は、生活習慣病の終末像であり、致死的・非致死的な心血管イベントの原因でありながら、多くの場合無症候性に進行することが特徴だ。抗IL-5抗体測定を、自己抗体を介する自己免疫現象に着目した新規バイオマーカーとして活用することで、成因とリスクを同時に評価することが可能になり、動脈硬化症関連領域の診療の質を飛躍的に高めることになるとしている。