早稲田大学(早大)は4月17日、古細菌由来のプロトンポンプの機能を持つタンパク質を哺乳類培養細胞のミトコンドリアで特異的に発現させることにより、光に応答してあらゆる生物のエネルギー源である「プロトン駆動力」が増加する細胞を作製することに成功したと発表した。

同成果は同大理工学術院先進理工学研究科 生命医科学専攻 生物物性科学研究室の澤村直哉 准教授と朝日透 教授、同研究室大学院博士課程学生の和田丈慶氏、同研究科応用化学専攻の木野邦器 教授、神戸大学の原清敬 准教授らによるもの。詳細kは4月9日付のオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載された。

古細菌の膜タンパク質で、光駆動のプロトンポンプである「デルタロドプシン」は、光照射によりプロトンを細菌の内部から外部へ運ぶ機能を持っており、大腸菌や細菌で発現させて光駆動型バイオリアクターを構築し、有用物質の生産技術の研究開発などが行われている。研究グループも今回、デルタロドプシンを利用して、哺乳動物細胞内でエネルギーの産生を制御するというバイオプロセスを構築することを目的として研究を行ったという。

光に応答してエネルギーが増加する哺乳類培養細胞の仕組み。哺乳類培養細胞のミトコンドリアにデルタロドプシンを特異的に発現すると、光に応答してデルタロドプシンがプロトンポンプとして働き、プロトン駆動力が生み出される

具体的には、デルタロドプシンを哺乳動物細胞のミトコンドリアにおいて特異的に発現させたのち、同細胞に光照射を行うことで、同ミトコンドリア内で呼吸鎖のプロトン濃度勾配が増加するとともに、ミトコンドリア機能を阻害し、パーキンソン病モデルを誘導する薬剤として用いられる「1-Methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine(MPTP)」による神経細胞死が抑制されることを確認。これにより、光に応答してプロトン駆動力が増加する細胞の作製に成功したことが示されたこととなった。

哺乳類培養細胞におけるデルタロドプシンのミトコンドリア特異的発現。左から、デルタロドプシンのみ、ミトコンドリアのみ、デルタロドプシンとミトコンドリアが共局在を示す蛍光顕微鏡像 (Scientific Reports 3, Article number: 1635, Figure No. 1c, 09 April 2013. (c) Macmillan Publishers Limited.)

今回の成果について研究グループは、植物で見られる光合成の一部を哺乳類培養細胞で再現した成果とも言えるとするほか、光の照射でパーキンソン病モデルにおける神経細胞死が抑制されたことから、ミトコンドリアの異常がその病態に関わっているとされているパーキンソン病の研究や治療に同システムが有効である可能性も示されたとしており、現在、同システムをミトコンドリアの異常が原因とされている疾患の研究や治療に使用することを目的に、ES細胞やiPS細胞などの幹細胞において同システムの確立をすることを目指した研究を進めているとのことで、これにより局所的な光照射により任意の部位で細胞の増殖や分化をさせることができるようになる可能性が出てきたとコメントしている。

作製された細胞への光照射によるパーキンソン病モデル神経細胞死が抑制されていることを示すグラフ。縦軸は作製した神経細胞の細胞死の量を表している。細胞から漏れだすLDHの量は細胞死の量に比例するため、このLDHの定量により細胞死を定量する事ができる。左から、MPTPを入れずに光照射もしない場合、MPTPは入れても光照射していない場合、MPTPを入れて光照射した場合の結果となっている。MPTPを入れることにより細胞死は促進したものの、さらに光照射を行うとこの神経細胞死の量が減少することが確認された (Scientific Reports 3, Article number: 1635, Figure No. 3a, 09 April 2013. (c)Macmillan Publishers Limited.)