物質・材料研究機構(NIMS)は1月23日、無数のナノ細孔を持つフラーレン結晶を開発したと発表した。

同成果は、同所 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子ユニット ロック クマール スレスタMANA研究者、山内悠輔独立研究者らによるもの。詳細は、国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」に近日掲載される予定。

ノーベル賞受賞対象であり、サッカーボール型構造で知られるフラーレン(C60)は、有機半導体材料の中で優れたn型半導体特性を示すことが知られており、グラフェンやカーボンナノチューブなどと並び、現在のナノテクノロジー研究において重要な電子材料に位置付けられている。実際の応用においては、材料の高面積化を図り、他の物質との効率的な相互作用を確保することが、高性能化に際しての課題となっている。従来のリソグラフィなどの微細加工技術では、膨大なコスト・労力がかかるだけではなく加工精度にも限界がある。そこで、近年、注目されているのは、分子や原子といった物質の単位となるものを自発的に集めて高度なナノ構造体を作っていく自己組織化法という方法。フラーレンについても、自己組織化法によって、今まで数十μmサイズの色々な形(球状、ファイバー状、ディスク状、コーン状)のフラーレン結晶が報告されてきたが、内部にナノ細孔を持つ高表面積フラーレン材料の開発は未着手だった。

フラーレン結晶の露出する表面積をあげることは、他の物質の有効な接触面積を持つハイブリッド材料を開発したり外部からのゲスト種との反応場を増やす上でも重要となる。特に、将来的に高活性な2次電池の炭素電極や、高いホール輸送性を活かした電気化学キャパシタなどへの基盤材料として応用が期待できるほか、有機エレクトロニクス材料におけるp-n接合界面を多く作る上でも、n型材料であるフラーレンの表面積を向上させることは必須となっている。

従来のナノ細孔のないフラーレン結晶の表面積は、1g当たりたかだか数m2程度にすぎず、必ずしも高性能の材料開発にはつながっていなかったことから、そうした問題の解決に向け、今回は異なる溶剤を用いてその溶液界面でフラーレンの結晶を析出させるという低コストかつ簡単な手法により、無数のナノ細孔を持つフラーレン結晶を作り出すことに成た。同方法では、フラーレンを溶かすことのできる四塩化炭素やベンゼンなどの溶媒中にフラーレンを溶かしておき、フラーレンを溶かしにくいイソプロピルアルコールなどの溶媒に接して放置するだけで六角形などの形を持つ結晶を得ることができ、その結晶に取り込まれた溶媒が蒸発する際にナノ細孔が形成される。

電子顕微鏡像の観察の結果、得られたフラーレン結晶は薄いプレート状の形をしており、その結晶表面には50nm以上の多くのマクロ細孔が確認されたほか、結晶内部においては無数のナノスケールの細孔が形成されていることが明らかになった。また興味深いことに、溶媒Bの組成を変化させることにより、結晶中に形成する細孔の数とその大きさを制御することができることが確認された。具体的には、四塩化炭素の割合を増やすにつれ、細孔の数は多くなるほか、細孔の直径も、徐々に大きくなり、やがて互いのナノ細孔が連結している箇所も多くなっていくことが確認され、表面積も最大で1g当たり40m2と通常のフラーレン結晶よりも約10倍高い値を実現したという。

ナノ細孔有するフラーレン結晶の合成スキームとその電子顕微鏡像

フラーレンは、電気を通す性質を持っているため、有機電子材料、電子回路の部品(コンデンサなど)、触媒の担体、燃料電池の電極など、多方面に応用されることが期待されているが、今回開発された合成手法は簡便であることから、さまざまな分野の研究に広く適用される可能性があると研究グループでは説明している。また、今回開発されたナノ細孔有するフラーレン結晶は、高い結晶性を有しており、効率の良い高いホール輸送性を活かすことで、電気化学キャパシタなどに応用することもできるほか、フラーレンの電子を出し入れする(酸化・還元)特性を持つため、2次電池の炭素電極素材としての用途や、n型半導体であるフラーレン結晶にナノ細孔が存在することで、p型半導体と混合することでヘテロ構造が形成できることから、接触面積(p-n接合界面)が増え、効率的に電荷分離を起こすことができるようになるため、大きな光電流を得ることで性能を向上させた有機薄膜太陽電池の創出の鍵となることが期待できるともしている。

なお、今回の合成手法は、他のさまざまなフラーレン(高次、金属内包)への適用のできると考えられているほか、n型のみならずp型のフラーレン結晶体の中にもナノ細孔を容易に作り出すことができるため、これまでのナノカーボンの用途にない、新たなマテリアル化への可能性を十分に秘めていることから、従来の複雑な合成プロセスや高価な製造装置などを必要とせず、フラーレン結晶を自由にかつ大量に成型加工できる可能性があるとしている。