国立天文台は、すばる望遠鏡に搭載された近赤外線多天体撮像分光装置「MOIRCS」を用いた撮像観測によって、110億光年の遠方に成長期まっただ中の「原始銀河団」を発見し、同時にこの原始銀河団を構成する個々の銀河は、その当時猛烈な勢いで新たな恒星を作っていたことがわかったと発表した。

成果は、国立天文台の林将央 研究員、児玉忠恭 准教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月20日付けで発行される予定の米国天文学誌「Astrophysical Journal」に掲載される予定だ。

宇宙では無数の銀河が大規模な構造をなして存在している。銀河が群れている銀河団や銀河群と呼ばれる領域がある一方で、孤立した銀河がぽつぽつと点在するだけの「フィールド領域」と呼ばれる場所もある。まるで、地球上で人口が都市に集中し郊外ではまばらになっているのに似ている感じだ。

また興味深いことに現在の宇宙では、フィールド領域には恒星を活発に作っている渦巻銀河が多いのに対して、銀河団領域では、年齢が古くて、すでに新しく恒星を作ることを止めた楕円銀河が群れている。このような明確な銀河の棲み分けは、どのようにして起こったのかはまだわかっていない。

研究グループは、現在の宇宙の「大都市」である銀河団の祖先、つまり遠方に存在する「古代都市」である原始銀河団がその答えを教えてくれるはずと考え、研究を進めてきた。宇宙では、遠くを見れば見るほど過去の姿が見えてくるためで、つまり、遠方にある成長期まっただ中のいわば「建設ラッシュ」にあたる銀河団を調べることによって、その現場で実際に何が起こっているのかを直接目撃することができるためだ。

しかし宇宙は広く、そのような"古代都市"が至るところにあるわけではない。そして、銀河団に属する銀河の「性格」がどのように形成されたかを知るためには、遠くを見れば見るほどよいわけでもない。

なぜなら、生まれたばかりの赤ちゃん銀河を見るだけでは不十分で、むしろ多感で周りからさまざまな影響を受ける思春期にある"少年少女"銀河を詳しく調べる必要もあるからだ。したがって、ちょうど成長期の銀河が群れている銀河団を見つけることが重要となる。

研究グループは、すばる望遠鏡のMOIRCSを用いて、110億光年の彼方の「USS1558-003」原始銀河団の観測を行った。この領域には、赤い色をした銀河、つまり年老いた銀河もしくは"赤く燃ゆる銀河"が群れていることが多いことは、これまでの研究から知られている。

また、最近の研究から約90~110億年前の時代は銀河が最も激しく成長していることが明らかになってきており、世界中の研究者が注目している時代の1つだ。

そこで研究グループは、1度に周辺部まで見渡せる広い視野を持つMOIRCSに、星形成活動中の銀河が出す特徴的な光の「Hα輝線」をとらえることができる狭帯域フィルタを搭載して、原始銀河団の全体像を描き出すための観測に挑んだのである。

この狭帯域フィルタを通して得られた画像だけで、特に明るく見える銀河が星形成銀河であるのは一目でわかるはずだ(画像1)。同時に、特に赤い色をした銀河を探すことによって、すでに星形成活動を終えた(または塵によって青い色の光が強く吸収された星形成活動中の)銀河もとらえることができるという。

このようにして研究グループは観察と考察を重ね、原始銀河団に属していて活発に成長を続けている若い銀河と、すでに成熟した銀河の両方を、広い領域全面に渡って隈なく一網打尽に拾い出し、その全体像を描き出すことに初めて成功したのである。

画像1(左)は、原始銀河団で最も銀河が群れている領域(画像2の領域2に相当)の近赤外線擬似カラー画像。上が北(N)、左が東(E)を表している。緑の円で囲まれた天体がHα輝線を出す銀河。画像2(右)は、連続光フィルタ「Ks-band」と狭帯域フィルタ「Narrow-band」で撮影した同じ領域の画像を交互に表示させたアニメーション。丸で囲まれた天体が狭帯域フィルタの画像で非常に明るく見えている。(c) 国立天文台

まずこの原始銀河団は、大小3つの銀河集団からなることが明らかになった(画像3)。この発見は、今回の研究の広視野観測の賜物だ。これらの集団における銀河の密集度合いは、同じ時代の一般フィールド領域と比べて約15倍となっている。

特に、南西方向に存在する「領域2」は、天の川銀河やアンドロメダ銀河などが構成する局所銀河群に、大マゼラン雲クラス以上の銀河がなんと約100個も存在する高密度に相当する。110億光年の彼方にこれほど銀河が密集している領域は例がない。

しかも、その密集地帯に存在する銀河の多くは、爆発的に恒星を作っている銀河だ。その勢いは猛烈で、我々が住む天の川銀河の約50~数100倍にもなる。さらに、この密集地帯に存在する銀河をすべて集めると、毎年およそ太陽1万個分の質量に相当する量の恒星を生み出している形だ。まさに、爆発的星形成銀河の宝庫といえるだろう。

また、これらの3つの銀河集団(町)はお互いの重力で引き合ってやがて合体(合併)し、1つの大きな銀河団(都市)へと成長していくことが予想される。現在の宇宙では銀河団はひっそりと余生を送る楕円銀河で占められているが、今回観測された銀河はまだ若く、急速に成長している最中である太古の原始銀河団をとらえることに成功した。いわば銀河古代都市の建設ラッシュ現場を見ているということができるだろう。

画像3は、銀河古代都市(原始銀河団)の俯瞰図。横軸は赤経、縦軸は赤緯を表し、原点は電波銀河「USS1558-003」の位置。また、上が北、左が東を表している。黒の点はこの視野に写っているすべての銀河。マゼンタ色の丸は年老いた銀河だ。四角はHα輝線を出す星形成銀河であり、特に赤い四角は赤く燃ゆる銀河を表している。灰色の円は3つの銀河大集団の領域を示している。

画像3。銀河古代都市(原始銀河団)の俯瞰図 (c) 国立天文台

もう1つの興味深い発見は、赤く燃ゆる銀河が密集地帯の中心付近に存在する傾向があることだ。この赤く燃ゆる銀河はいわば「人生の過渡期」にあたる銀河だ。このような銀河が高密度領域に存在していることは、この原始銀河団が今まさに成長段階にあり、銀河が周囲の銀河団という特殊環境から何らかの影響を受けていることを改めて想像させる。今後はさらに、個々の銀河の性質を明らかにし、この現場で何が起こっているのかを解明することを目指したいと研究グループはコメントしている。

現在、研究グループは、児玉准教授が中心となり「マハロすばる」というプロジェクトを進めている最中だ。今回発表した結果は、このプロジェクトの初期成果の一部である。

このプロジェクトは、銀河が激しく成長している時代を網羅して多くの銀河団や原始銀河団を今回の研究と同様の手法で系統的に観測することによって、銀河の性質を決定づける要因の解明を目指すというもので、すでに興味深い結果が明らかになりつつある。それは楕円銀河で占められている現在の宇宙の銀河団とは異なり、約90億年より昔の銀河団には多くの若くて活動的な銀河が普遍的に存在することがわかってきたというものだ。

銀河はまず原始銀河団の中心部分のような密集地帯で急成長し、性質を劇的に変化させ、そして時間の経過と共に、銀河が著しく成長する場所は周辺の領域へと移っていっているようで、ちょうど建設ラッシュや街の流行が大都市から郊外へと伝わっていくのに似ているという。銀河団内の銀河が時間と共にどのように変化していくのか、それが環境とどのように関わっているのかが、今ようやくわかり始めてきたというわけだ。

児玉准教授らは、「今後は、さらにさまざまな観測装置を駆使して、これら形成途上にある銀河の内部構造などを詳細に調べることによって、銀河の急成長を支配する物理過程の核心に迫りたい」と意気込んでいる。

今夏期の観測では、現在の天の川銀河の100倍の勢いで、星形成が進む銀河が数多く見つかったという。現在の宇宙にある銀河団は主に星形成の活動性が弱い楕円銀河の集団だが、この太古の原始銀河団において、それら現在の楕円銀河が過去に爆発的に生まれ、激しく成長していた現場を突き止めたと考えられる。

さらにその原始銀河団は大小3つの銀河集団からなっていることが確認されたが、これらは互いの重力で引き合い、いずれは1つの大きな銀河団へと合体・成長することが考えられるという。

なお、今回見つかったような形成途上の個々の銀河をさらに詳しく調べることで、銀河団の成長過程だけでなく、銀河団という特有の環境が楕円銀河の形成や進化に及ぼす影響について解明されると期待されると、研究グループはコメントしている。