東京工業大学(東工大)は、東京大学、理化学研究所(理研)の協力を得て、生命が遺伝子の情報を基にタンパク質を作るためのシステムである遺伝暗号表を書き換える方法を確立し、初期の生命が使っていたとされる19種類のアミノ酸しか使わない遺伝暗号表の再現に成功したと発表した。この成果により、タンパク質と遺伝暗号の進化の研究を物質に基づいて行うことが可能になるとする。

成果は、東工大大学院 総合理工学研究科 知能システム科学専攻の木賀大介准教授、木賀研究室の河原晃大氏、東大の濡木理教授、理研の横山茂之領域長、同・堂前直チームヘッドらの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間8月21日付けで学術誌「Nucleic Acids Research」オンライン速報版に掲載された。

大腸菌からヒトまで、ほとんどの生物はタンパク質を作るために20種類のアミノ酸を使用しており、この数は遺伝暗号表で決まっている。一方、より少ない数のアミノ酸が、進化の初期段階の生命の遺伝暗号表で使われていたと考えられてきた。しかし、そのような遺伝暗号表は現存しておらず、その能力は確認できていないのが現状である。

そこで研究グループは遺伝子のヌクレオチド配列に対応してアミノ酸を運んでくる分子を改変し、19種類のアミノ酸しか使わない遺伝暗号表を再現した。さらに、その能力が現在の遺伝暗号表と同等であることも示した。また、異なる遺伝暗号表それぞれに専用の遺伝子を作成できることを明らかにした形だ。

大腸菌からヒトまで現在知られているすべての生物は、鎖状の分子であるDNAに記されたヌクレオチドの「コドン(配列)」に従ってアミノ酸を連結し、アミノ酸の配列に依存した活性を持つタンパク質を合成している。

この合成過程で、コドンとアミノ酸とを対応付ける表が遺伝暗号表だ。この表も、大腸菌からヒトまでほとんどの生物で共通しているため、「普遍遺伝暗号表」と呼ばれている。その中に記されているのが、「トリプトファン」、「システイン」や「アラニン」、「セリン」など、20種類のアミノ酸だ。

一方、現在よりも単純な構成をしていたと考えられる初期の生命では、20種類よりも少ない数のアミノ酸が遺伝暗号表に記されていたと考えられている。例えば、トリプトファンを含まない遺伝暗号表が過去に存在したという説が有力だ(画像1)。

画像1 トリプトファンを持たない遺伝暗号表の例。トリプトファン用のコドンであるUGGに対してアラニンが割り当てられることで、遺伝暗号表中のアミノ酸の種類が天然の20種類から1つ減少し、19種類となる

近年進展している合成生物学という手法では、生体高分子を組み合わせることで、現存する生命には見出されない新規な分子ネットワークを創出することを研究手段としている。今回の研究では、コドンに対応してアミノ酸を運んでくる生体高分子である「tRNA」を改変し、コドンとアミノ酸の対応付けネットワークを再現した。

そして「単純化遺伝暗号表」では、タンパク質合成反応からあるアミノ酸(例えばトリプトファン)を取り除き、そのアミノ酸を指定していたコドン(トリプトファンに対してはUGG)が新たにアラニンを対応付けるように変更。この新たな対応付けのために、アラニンに対するtRNAを改変した。このtRNAを、トリプトファンを含まない大腸菌抽出液に添加することで、トリプトファンが除去された遺伝暗号表を創出したというわけだ。

今回の研究で確立した「単純化遺伝暗号表」の構築手法は、トリプトファン以外の任意のアミノ酸も除去することができる一般化された手法である。実際、今回の研究ではシステインを持たない単純化遺伝暗号表も作成することができた。また、新たに対応付けられるアミノ酸は、アラニンの代わりにセリンにすることも可能だ。

続いて、単純化遺伝暗号表のタンパク質合成能力が、天然の遺伝暗号表と同等であり、また単純化遺伝暗号表専用の遺伝子を作成できることも明らかにされた。

まず単純化遺伝暗号表で、コドンUGGに、天然の暗号表が指定するトリプトファンではなくアラニンが導入されていることを、生化学的な手法および立体構造解析により確認(画像2・3)。

結晶構造での電子密度。画像2(左)は、天然の遺伝暗号表がコドンGCUでアラニンを指定する場合。画像3(右)は、単純化遺伝暗号表がコドンUGGでアラニンを指定する場合

さらに3種類の遺伝子を用意し、それぞれから単純化暗号表および天然の暗号表を用いてタンパク質を合成した。その結果、遺伝暗号表それぞれに専用の遺伝子を作成できることを明らかにしたのである(画像4)。

画像4 天然の遺伝暗号表と単純化遺伝暗号表それぞれに専用の遺伝子からのタンパク質の合成

進化途上の遺伝暗号表の姿については、さまざまな説が提案されている。今回の研究手法でそれぞれの遺伝暗号表を実際に構築し、機能を比べることで、初期生命の進化の理解が深まると考えられるという。

また、遺伝暗号表ごとに専用の遺伝子を作成できたことは、組換えバクテリアの予期せぬ変化を防止するためにも重要だ。さらに、単純化遺伝暗号表を併用した進化分子工学を行うことで、「ポリエチレングリコール(PEG)修飾インターフェロン」の高機能化など、次世代型のタンパク質性医薬品の探索が期待できるとしている。