京都大学と科学技術振興機構(JST)は7月23日、細胞の働きを制御するために重要な役割を果たすとされる、細胞膜上の「ラフト」領域の構造とシグナル伝達の仕組みを解明したと共同で発表した。

研究はJST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ、成果は京大物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)及び同再生医科学研究所の楠見明弘教授、iCeMSの鈴木健一准教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月23日付けで英科学誌「Nature Chemical Biology」オンライン速報版に掲載された。

細胞膜上の受容体に、細胞外からやってきたシグナル分子の「リガンド」が結合すると、それが細胞内に伝わって、細胞は増殖したり移動したりする。このように、細胞機能を変化させるシグナル伝達は、細胞膜の最も重要な働きの1つだ。

そして細胞膜は2次元的な構造を持つ膜だが、液体であることがわかっている。その中に、直径0.1~数μmのイカダのようなラフト領域が浮かんでいると考えられてきた(画像1)。

画像1。従来、一般に広がっていた「ラフト」の概念を示した図

ちょうど、フライパンに液体のオリーブオイルを敷き、そこにコレステロール含量が多いバター(ラフト)を浮かべたような構造だ。イカダに多くのシグナル分子が集合しており、シグナル伝達経路の1/3程度は、ラフトが担っているとする「ラフト仮説」が15年くらい前から提案されていた。

しかし、それから世界中で研究が行われてきたにも関わらず、ラフトの大きさも、寿命も、シグナルを伝達する仕組みも不明なままだったのである。

楠見教授らは今回、まず生きている細胞の細胞膜中で、ラフト経由でシグナル伝達を行うと考えられてきた「GPIアンカー型受容体」を、1分子精度で、多数同時に追跡する方法を開発した。また、2種類の違う分子を同時に1分子追跡する(2色で同時に追跡する)方法も開発したのである。

これによって、GPIアンカー型受容体は同じ分子同士で2量体を作ること、それらがコレステロールと結合して安定化され、寿命が0.2秒のラフトを作ることがわかった。

つまり、バターはオリーブオイル薄膜中では大きな塊を作っているのではなく、数個から数十個の分子が集まっただけの直径数nmの小さい構造で、しかも、常にできたり壊れたりしていることが判明したのである。

さらに、GPIアンカー型受容体に細胞外からのシグナル分子が結合すると、2量体を基に安定な4量体を形成。この2量体を結合させるノリとして、コレステロールを含むラフトが働く。このラフトの働きが、GPIアンカー型受容体のシグナル伝達に必要であることもわかった。

具体的には、以下の通りだ。まず、GPIアンカー型受容体は、同種の分子同士で0.2秒ほどの短寿命2量体を形成しているという点。同種タンパク質同士には親和性があり結合するが、コレステロールなどのラフト脂質がそこにやって来て、ラフト構造を作ることで2量体は安定化される形だ。しかし、安定化されても寿命は0.2秒程度であり、安定化されない時はその1/3~1/2の寿命となる(画像2)。

次に、GPIアンカー型受容体の2量体形成は、同種分子同士に限られ、異種分子間では起こらないというもの。つまり、ラフトに2個のGPIアンカー型受容体が集まるのではなく(それなら異種分子でも集まるはず)、タンパク質同士での結合がある時に、小さなラフトがそこで誘導されて安定化される(画像2)。

そして、2量体同士が結合して4量体ができ、さらに大きな会合体も可能ということ。4量体以上は、異種のGPIアンカー型受容体も集まれる。これは、2量体を基本単位としての集合は、ラフトがノリとなって起こるからである(画像3)。

画像2。タンパク質相互作用とラフト相互作用によるGPIアンカー型タンパク質のホモ2量体ラフト形成の寿命

画像3。GPIアンカー型タンパク質の2量体ラフトが、ラフト相互作用によって集まり、ホモとヘテロの4量体ラフトを形成。寿命は、ホモ2量体ラフトの~0.2秒よりも短く~0.1秒

さらに、細胞外からのリガンドがGPIアンカー型タンパク質の「CD59」に結合すると、寿命が6秒以上という非常に安定な4量体を形成した(画像4)。

最後に、リガンドが結合した4量体には、さらに細胞内のシグナル分子が誘導され、細胞内シグナルが発生したのである(画像4)。

まとめると、細胞外からシグナルが来る前の細胞膜には安定で大きなラフトはなく、シグナル分子が受容体に結合して、オンデマンドで安定なラフトが形成されることがわかったというわけだ(画像5)。

画像4。リガンド添加後、GPIアンカー型受容体の1つであるCD59は、短寿命2量体ラフトを基に、安定な4量体ラフトを形成する

画像5。オン・デマンド・シグナルラフトモデル

今回の発見は、通常の生物学や基礎医学の方法とまったく違うナノ・メゾテクノロジーを用いて可能になったものだ。生きている細胞中で、1個ずつの分子を見て、それらがどのように組み立てられてラフトができるかをつぶさに観察することで、ラフトの実体と、それが働く仕組みが、一気に明らかになったのである。

今後は、安定化4量体がどのようにして細胞内のシグナル分子に信号を伝えているのかを解明することが課題だという。有力な仮説としては、膜の表裏をつなぐ未知の貫通型タンパク質がGPIアンカー型タンパク質の4量体形成依存的に誘導されるというものだ。

また、アルツハイマー病の発症、エイズウィルスやBSEなどの感染でも、細胞膜上でタンパク質の会合が重要であることがわかってきている。このような会合とラフト誘導との関係の理解、タンパク質集合の阻害法などの開発が、今後の重要な課題としている。