岡山大学と慶應義塾大学(慶応大)は7月19日、陽子や中性子のような「核子」と呼ばれる粒子を理解するために導入された数学的概念であり、未だにその性質に謎が多く、素粒子理論に不可欠な「トポロジカル構造」である素粒子「スカーミオン」の理解に不可欠な構造を、現実に数ナノケルビン程度まで冷却された原子気体において安定に作り出すことを世界で初めて提唱したことを発表した。

成果は、岡山大大学院 自然科学研究科 先端基礎科学専攻の川上拓人大学院生(物性理論)、同水島健助教、同町田一成特命教授、慶応大 自然科学研究教育センターの新田宗土准教授(素粒子論)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、7月2日付けで米国物理学会速報誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載された。また、「Physical Review Letters109巻」の表紙にも採用された。

身の回りにある物質は、すべて素粒子と呼ばれる基本的な粒子によって構成されている。湯川秀樹博士や南部陽一郎・シカゴ大名誉教授らによって、物質の構成要素である原子核は、核子とよばれる陽子や中性子とそれらを糊付けする中間子でできていることがわかってきた。

スカーミオンとは、イギリスの理論物理学者スカームが、半世紀ほど前に、この中間子と核子を統一的に理解するために導入した数学的概念だ。彼の試み自体は未だに成功していないが、スカーミオンというアイデアそのものは、多くの科学者を魅了し、宇宙の仕組みや新奇な物質の側面を理解するためのツールとして現代物理学に欠かせない重要な概念となっている。

未だに不明な点が多いスカーミオンの性質を暴くべく、これまでにも、スカーミオンを現実世界に作りだす理論的提案が数多くされてきた。特に、空間次元の低いおもちゃのスカーミオンはさまざまな物質で作られていたが、現在に至るまで誰も、本来の3次元のスカーミオンを安定に作りだす提案をできていなかった。

そこで、超伝導などの物性研究を専門とする岡山大学の研究グループは、素粒子論の専門家である慶應義塾大学の新田准教授と共同で、極低温の原子気体において安定にスカーミオンを作り出せることを初めて提唱した。

この実現には、「非可換ゲージ場」と呼ばれる素粒子論の最も重要な基本概念である「場」の存在が不可欠だ。数ナノKまで冷却された原子集団は「ボース・アインシュタイン凝縮」を起こして、巨大な1つの「波」として振る舞う。

この「波」にレーザーを照射することで非可換ゲージ場を生み出し、スカーミオンを現実世界に作るという提案である。この成果により、従来は巨大加速器を必要とした素粒子理論の検証が将来的には小さな実験室で可能になると期待される。

理論計算によって得られた安定なスカーミオンの構造。2種類の異なる性質を持つ原子が絡まってスカーミオンを構成する