京都大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)は5月31日、細胞分裂の最終段階で1つの親細胞が2つの娘細胞に分離する過程となる「細胞質分裂」の調節のカギとなるタンパク質複合体「ARF6-MKLP1」の立体構造と機能を解明したと発表した。

成果は、京大 大学院薬学研究科の中山和久教授、KEK物質構造科学研究所の若槻壮市 教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月30日付けで欧州分子生物学機構雑誌「EMBO Journal」に掲載された。

ヒトの身体を構成する細胞は、一部の例外を除いて、分裂して常に増殖することによって、個体の形成過程や適切な生命活動の維持の基盤とする(画像1~9)。ただし、その増殖の速度は細胞の種類ごとにおおよそ決まっており、増殖しすぎないようにする仕組みも持つ。

画像1。分裂前の親細胞

画像2。染色体の分離

画像3。細胞の赤道面のくびれ

画像4。橋状構造の中央部分の拡大図

画像5。ARF6-MKLP1複合体の構造

画像6。ARF6-MKLP1複合体による微小管と細胞膜の架橋

画像7。ARF6-MKLP1複合体が足場となるタンパク質や小胞を集積

画像8。分離直前の橋状構造への輸送小胞の集積

画像9。2つの娘細胞への分離(細胞質分裂の完了)

細胞分裂の際には、まず細胞の核内に存在する染色体DNAが複製されて2倍になり、複製された染色体は半分ずつに分離する(画像2)。その後、細胞の赤道面がくびれて(画像3)、細胞質が最終的に2つに分離すること(細胞質分裂)によって1つの親細胞から2つの娘細胞ができるというわけだ(画像9)。

この2つの娘細胞への分離が正常に起こらなければ、多核の細胞や染色体数の異常な細胞が出現して、細胞は死滅したりがん化してしまったりするのである。

細胞質分裂の際に、分離しつつある2つの娘細胞間に形成される橋状構造の内部には、「微小管」の束が存在する(画像4)。微小管は、タンパク質「チューブリン」が多数重合してできた管状の細長い細胞内構造だ。

このレールのような役割を果たす微小管の束に沿って、細胞質分裂に必要なタンパク質を含む「輸送小胞」(脂質膜がそのタンパク質を包み込むことによって形成)が「モータータンパク質」によって運ばれ、微小管の束の中央部分(フレミングボディ)に集積する。

モータータンパク質は、細胞内でATP(アデノシン三リン酸)などの化学エネルギーを運動エネルギーに変換するタンパク質の総称だ。筋肉などに存在するタンパク質「ミオシン」はその代表例であり、「アクチン繊維」に沿って動く。微小管に沿って動くモータータンパク質は、「キネシン」や「ダイニン」などだ。

またフレミングボディには、モータータンパク質の1種である「MKLP1」が待ち受けている(画像44)。中山教授の研究グループは、これまで研究してきた低分子量Gタンパク質「4ARF6」が、MKLP1と結合することによってフレミングボディに局在することを発見した。

なお低分子量Gタンパク質とは、「グアニンヌクレオチド(GTPまたはGDP)」と結合するタンパク質で、細胞内で起こるさまざまな機能のオン/オフを切り替える分子スイッチの役割を果たす。GTP結合型がオン状態で、GDP結合型がオフ状態だ。ARF6は輸送小胞の形成や細胞膜との融合の過程でオン/オフのスイッチとして働くと考えられる。

そして若槻教授らの研究グループは、KEKのフォトンファクトリーのビームライン「BL-5A」及び「AR-NW12A」を用いた「X線結晶構造解析」によって、ARF6-MKLP1複合体の立体構造が決定された次第だ(画像5)。

ちなみにX線結晶構造解析とは、タンパク質の立体構造を調べるために広く使われている手法の1つ。結晶化したタンパク質にX線を当て、得られた回折X線データから立体構造を決定する。

解明した構造から予想されるのは、このARF6-MKLP1複合体が橋状構造内を走る微小管の束とくびれ部分の細胞膜の間を架橋する(画像6)と共に、さまざまなタンパク質や輸送小胞の局所的な集積のための足場として機能する(画像7・8)ことだった。

さらに、「RNA干渉法」によって、ARF6やMKLP1が細胞内で発現しないようにすると、2個以上(多い場合には4個や8個)の核を有する細胞の割合が増えることから、このARF6-MKLP1複合体の機能が、正しい細胞質分裂の進行にとって不可欠であることを確認した。

なおRNA干渉法とは、標的とする遺伝子由来の「メッセンジャーRNA」における塩基配列と同一の配列を有する短いRNA分子を細胞内に導入することで生じる、そのメッセンジャーRNAが分解される現象を利用して、標的遺伝子由来のタンパク質の発現を抑制する手法。

遺伝子破壊実験に比べて簡便に行うことができる点が特徴だ。RNA干渉法でタンパク質の発現を抑制した場合に起こる細胞の異常を調べることによって、そのタンパク質の細胞内での機能を推測することができる。

研究グループは今後、ARF6-MKLP1複合体を足場にして集積するほかのタンパク質の構造や機能を明らかにすることによって、細胞質分裂の調節の分子基盤の全貌の解明を目指すとしている。