理化学研究所(理研)は5月8日、これまで水にしか溶けなかった核酸を有機溶媒に溶かすことに成功し、有機溶媒中の核酸は水中と同じ立体構造を保持し、熱的にも安定した触媒として機能することを見出したと発表した。

成果は、理研基幹研究所 伊藤ナノ医工学研究室の阿部洋専任研究員(JSTさきがけ兼任)、阿部奈保子(元協力技術員)、伊藤嘉浩主任研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、独化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に近く掲載される予定。

核酸は生命現象を担う重要な生体分子で、その配列は遺伝情報の記憶、個体の独自性の識別、生体反応の触媒(酵素)など多くの役割を持っている。それらの性質を情報記録手段として利用する技術も1995年頃になって開発され、メモリ、分子認識、バーコードタグなどに核酸を応用する研究が報告された。

さらに2000年以降になると、核酸の情報を利用して、一度に複数の反応を進行させたり、生物活性分子の創出に利用したりできることも示された形だ。また、タンパク質酵素のように触媒能を有するDNA(デオキシリボ核酸)の「DNAzyme」や、そのRNA(リボ核酸)版の「リボザイム」といった人工核酸が、有機合成反応を触媒することも明らかになったのである。

しかし、核酸は水にしか溶けないため、こうした機能は水中だけに限られ、有機溶媒中では利用できないという問題点があった。仮に核酸が有機溶媒に溶けて機能すれば、有機合成反応の利用範囲は大きく広がる。そのため、機能を損なうことなく核酸を有機溶媒に溶かす方法の開発が望まれていたというわけだ。

化粧品などの材料で知られる「ポリエチレングリコール(PEG)」は、タンパク質に結合させると、水にも有機溶媒にも溶かすことができるようになるという特性を持つ。

研究チームは、核酸を構成する4個の塩基(A:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシン)を21個つなげ、「ヒトテロメア配列」(真核生物の染色体の末端部分にある構造をテロメア配列と呼び、末端部分を保護する役目を持つが、通常は複製の度に短くなっていく)として知られる分子量約3000の「オリゴ核酸(5'-GGG TTA GGG TTA GGG TTA GGG-3')」(2個以上の核酸塩基で構成されるDNAあるいはRNA)を合成し、その末端に分子量約5000のPEGを1個結合した「PEG-DNA」の作製に成功した(画像1)。

このPEG-DNAは、クロロホルム、ベンゼン、塩化メチレン、アセトニトリル、エタノールなどの有機溶媒に、少なくとも0.2mM(ミリモル/リットル)の濃度まで溶解したのである(画像2)。

画像1。オリゴ核酸にポリエチレングリコール(PEG)を結合したPEG-DNA

画像2。ジクロロエタン溶液に溶けるPEG-DNA

次に、溶解したPEG-DNAの立体構造が、有機溶媒中と水中でどう異なるかについての調査が行われた。カリウムイオンを含んだ水中で「Gカルテット構造」(ヒトテロメア配列として知られ、G塩基が繰り返し並ぶグアニン四量体)を採るPEG-DNAを有機溶媒のジクロロエタンに溶かし、「円偏光二色性分光法」(左右の円偏光のどちらを吸収しやすいかを測定する手法で、右手と左手のように形状は非常に似ているが、左右逆で重ね合わせられないキラルな分子は、円偏光のどちらか一方を選択的に吸収する)で立体構造を解析した。

その結果、有機溶媒中にカリウムイオンが存在すると、水中とまったく同じGカルテット構造を採ることが判明したのである(画像3)。なお、これまでにPEGを結合して、オリゴ核酸の立体構造を保持したまま有機溶媒に溶かすことに成功した報告例はない。

画像3。有機溶媒中におけるPEG‐DNAによるGカルテット構造(G:グアニン、K:カリウムイオン)

また、水中では50~59℃になると立体構造が崩れるのに対し、有機溶媒中では10~80℃の範囲で立体構造が変化せず、非常に安定であることも確認された。つまり、広い温度範囲で触媒機能が利用できることを示したのである。

さらに、酸化反応を触媒するDNAzyme(5'-TTA GGG-3')にPEGを結合してメタノールに溶かしたところ、やはりその構造が保持された。そこで、過酸化水素(H2O2)と反応して酸化させると青紫色を発光する「ルミノール」(含窒素化合物で、酸化されると発光し、血液検査のルミノール発光が有名)と混ぜたところ、水中とほぼ同じ速度で反応が進行し、青紫色の発光が確認されたというわけだ(画像4)。

今回の研究によって、PEGを核酸の末端に結合するだけという「簡単な」手法により、核酸がさまざまな有機溶媒に溶けるようになった。これまで、水中での核酸の構造・機能に関する研究は盛んに行われてきたが、今後は有機溶媒中でのオリゴ核酸の性質と比較することができるようになる。

具体的には、「有機溶媒中の塩基の水素結合は水中より強くなるのか?」、「核酸の立体構造は、有機溶媒の種類によってどのように影響を受けるのか?」といった核酸の相互作用に関する謎に迫れるというわけだ。

またPEGを結合した核酸は、ほとんどの有機溶媒(アセトニトリル、ベンゼン、アルコール系、ハロゲン系)に溶ける。そのため、機能性核酸分子の利用範囲を、水からさまざまな有機溶媒へと広げることも可能だ。それによって、有機溶媒に溶かした核酸を触媒に用いた新たな有機合成反応の開発など、多くの利用法を生み出すことが期待できると、研究グループはコメントしている。