生理学研究所(生理研)は2月15日、眼から次々と入ってくる多量の視覚情報の内、必要な信号だけを脳に伝える取捨選択を、眼から脳への中継役である「視床」内の「外側膝状体」の中継シナプスが担っていることを明らかにし、信号選別の仕組みを解明したと発表した。研究は生理研松井広助教らの研究グループによるもので、成果は米神経科学会誌「The Journal of Neuroscience」の2月15日号電子版に掲載された。

ヒトや動物は、眼に入ってくる光の信号をもとに、どこに何があるのか、刻々と変化する周囲の環境の多くを把握している。視覚情報は視神経を伝わって脳に送られる途中で、「視床」にある「外側膝状体」で中継される仕組みだ(画像1)。その中継点では、神経のつなぎ目であるシナプスが作られている。そして、膨大な視覚情報の中から必要な情報だけを取捨選択して、脳は整合性のあるイメージを作り出しているというわけだ。

画像1。眼の「網膜」で見た情報は、外側膝状体のある視床を経由して、「視覚野」に送られ、ここで初めて「見ている」として意識される。(イラストは、生理学研究所・吉田正俊助教によるもの)

今回、研究グループはこの外側膝状体のシナプスに注目した。外側膝状体のシナプスでは、眼からの情報を伝えるシナプスが、隣同士に5~30個も所狭しと並んでいる構造をしていることが電子顕微鏡によって確かめられたのである(画像2)。

画像2。眼(網膜)からの情報を伝える神経(右の黄色)と、視床の外側膝状体の神経(水色)の中継地点の電子顕微鏡3D立体構築写真。このつなぎ目には、いくつものシナプス(左の赤色)が所狭しと並んでいることが判明した

さらに、そのシナプスの内の1カ所に入力(神経伝達物質「グルタミン酸」の放出)があると、そこからグルタミン酸が周囲のシナプスにまで漏出し、周囲のシナプスにおける反応性を低下させる仕組みがあることも発見された(画像3)。この仕組みによって、眼から立て続けに信号が送られてきても、その一部が強調され、そのほかは取り除かれて、視覚情報を「くっきり」させる仕組みがあることが突き止められたのである。

画像3の見方だが、4つの黒い矢尻のところにあるのがシナプスだ。中央のシナプス(オレンジで縁取りされた白の矢印)に入力(グルタミン酸の放出)があると、そこから、左右のシナプスにまで隙間を伝わってグルタミン酸が漏出していくことが確認された。シナプス間隙の虹色はグルタミン酸の濃度を表している(赤色が最も濃く、青色が最も薄い)。このグルタミン酸の漏出によって、周囲のシナプスの反応性が低下することが判明した。その仕組みは、画像4の通り。

画像3。眼(網膜)からの情報を伝える神経と、外側膝状体における神経の中継地点の電子顕微鏡写真

画像4。グルタミン酸の漏出によって、周囲のシナプスの反応性が低下する仕組みの電気記録

グルタミン酸の漏出によって周囲のシナプスの反応性が低下する件で、今回発見された仕組みは、画像5の通りである。シナプスが6カ所ある外側膝状体の中継点に、眼からの入力がまず3カ所のシナプスにあり、続けて周囲の2カ所のシナプスで入力があった場合を想定したものだ。最初の入力でシナプスから漏出したグルタミン酸が、ほかのシナプスの反応性を低下させる。すると、続けて入力があったとしても、その反応は鈍くなってしまうという仕組みだ

画像5。グルタミン酸の漏出によって、周囲のシナプスの反応性が低下する仕組みの内、今回発見されたもの

これまでの神経回路の研究は、単なる電子回路のように、どことどこがつながっているかを考えるだけだった。しかし今回の研究によって、神経のつなぎ目の中継地点では互いに干渉しあって、情報をフィルタしていく賢い仕組みがあることが突き止められた。松井助教は、この賢い仕組みを応用することで、より人間に近い画像処理機能を持ったカメラなどが開発されるかも知れないとしている。

今回の研究によって、眼からの視覚情報を中継する外側膝状体の中継シナプスでは、シナプスから漏出したグルタミン酸が、周囲の他のシナプスに影響を与え、これによって、眼から入ってくる多量の視覚情報を選別しているという賢い仕組みがあることが判明した。

また、これまでシナプスは神経による「電子回路」の「つなぎ目」とだけ考えられる傾向があったが、シナプスから神経伝達物質(グルタミン酸)が周囲のほかのシナプスへと漏れ出すことで作用するという仕組みもあることが判明。今後、薬の脳のシナプスに対する効き目を考える際には、こうしたシナプスからの神経伝達物質の漏れや広がりも考慮にいれる必要があると考えられると、松井助教は述べている。