港湾空港技術研究所(港空研)、横浜国立大学(横浜国大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、東京大学の4者は2月1日、相模湾初島沖および相模湾中央部の1100m以深の深海底において「ベントス」(底生生物)の巣穴の型どりを行い、二枚貝およびそのほかの大型無脊椎動物が形成した巨大で複雑な巣穴が網目状に発達していることを確認したと発表した。

発見は、港空研沿岸環境研究領域の清家弘治客員研究員(日本学術振興会特別研究員)や横浜国立大学のジェンキンズ・ロバート日本学術振興会特別研究員らによる共同研究グループによるもので、成果は英国王立協会(The Royal Society)の生物学専門誌「Biology Letters」電子版に、英国時間2月1日に掲載された。

今回の調査は、JAMSTECの研究航海(調査船「なつしま」のNT10-19航海および調査船「かいよう」によるKY11-01航海)における、2つの研究課題「メタン湧水縁辺域を包含したメタン・硫化水素濃度勾配に対する生物群集の組成変化」および「深海現場培養・船上模式深海培養による深海生物群集の代謝活性と堆積物-水境界での物質循環への貢献の解明」の実施によって判明した。

海洋・湖沼・河川などの水底に生息する甲殻類や多毛類(ゴカイ類)、軟体動物(二枚貝、巻貝)などのベントスが形成する巣穴は、地中に3次元的な空間を創出し、海底生態系に多大な影響を及ぼしている。例えば、巣穴は堆積物中に酸素に富んだ海水を引き込む作用があり、一方で堆積物中の硫化水素に富んだ水を海底面付近に上昇させるなど、海底の化学環境に重要な役割を担う。

また、巣穴が作り出す環境に依存して生息する生物もおり、巣穴は生態学的にも重要だ。そのため、干潟などの浅い海域では巣穴についての研究がこれまで活発に行われてきた。その一方で、海洋の大半を占める深海域の巣穴については、これまで注目されることはほとんどなかったのである。

今回、共同研究グループは、深海巣穴型どり装置「Anagatchinger(アナガッチンガー)」を新たに開発し、JAMSTECの無人探査機「ハイパードルフィン」を利用して、画像1および2にある相模湾の2地点(初島沖の水深1173m地点:北緯35°00.1'東経139°13.5'、および湾中央部の水深1455m地点:北緯35°00.8'東経139°21.6')において、干潟で行われている技術を応用する形で樹脂を用いて巣穴の型どりを実施した。なお、初島沖の調査地点はシロウリガイなどの「化学合成生物群集」(画像1)が見られる場所として知られている。

なお化学合成生物群集とは、海底下などから湧き出る還元物質をエネルギー源とする化学合成細菌を一次生産者とする生物群集のことだ。「光合成にほとんど依存しない、地球を食べる生物」として知られている。海底メタン湧水や海底熱水などの周囲に特異的に存在し、日本のようなプレートがせめぎあう変動帯を代表する群集だ。

画像1。初島沖の調査地点(水深1173m)。白く見えるものは化学合成群集の代表的な構成種であるシロウリガイ生貝とその死殻(画像提供:JAMSTEC)

画像2。相模湾中央部の調査地点(水深1455m)。海底から細いゴカイの棲管がたくさん突き出しているのが見える。写っている魚は深海性の魚類ソコダラの一種(画像提供:JAMSTEC)

巣穴の型どりは、樹脂などを巣穴の中に流し込み、樹脂が硬化したのち掘り出して、巣穴の形態を調べる方法だ(画像3・4)。水中では主に樹脂が利用されるが、陸上の巣穴(カニやアリの巣穴)については、石膏や熱した金属で巣穴の型を採ることもある。今までは干潟などの極浅海域や砂浜(画像5・6)での実施例しかなく、今回の調査によって世界で初めて深海における巣穴型どりが成功したというわけだ(画像7)。

画像3。巣穴型どりの様子。海底面に開いた巣穴に樹脂を流し込んでいるところ(画像提供:JAMSTEC)

画像4。巣穴型を掘り出している様子。ロボットアームはハイパードルフィンのもの(画像提供:JAMSTEC)

画像5。砂浜におけるスナガニ類の巣穴を型どりするために、石膏を流し込んでいる様子(画像提供:JAMSTEC)

画像6。掘り出されたスナガニ類の巣穴の型(画像提供:JAMSTEC)

画像7。採集された巣穴型。(左)スエヒロキヌタレガイの巣穴。海底面に2つ開口部があり、地中で連結するY字型の巣穴である。(右)形成者不明の巣穴。海底面には小さな開口部があり、地中でボール状の大きな部屋があることがわかる。両者ともに小さな巣穴が付着しており、これは海底下でのベントス間の共生関係を示唆している(画像提供:JAMSTEC)

調査の結果、初島沖の深海底には大型無脊椎動物が形成した巣穴が多く見られることがわかり、「スエヒロキヌタレガイ(二枚貝)」(画像8)およびそのほかの無脊椎動物の巣穴構造を明らかにすることができた(画像7・左)。また、大型の巣穴から網の目のように小さな巣穴が伸びている様子も確認されている(画像7・右)。これは、深海においても、巣穴を取り巻く生物間の共生関係が存在することを示唆しているという。

画像8。初島沖で採取されたスエヒロキヌタレガイ(画像提供:JAMSTEC)

また、化学合成群集の見られない相模湾中央部(通常の深海底)においても、ゴカイなどの生物の巣穴が10cm以上の深さに複雑に存在していることが判明。巣穴は、海底面下の堆積物に対する酸素供給などに重要な役割を果たしていると考えられる形だ。

海底のほとんどは、水深200m以深の深海底である。つまり、深海は地球上最大の生物圏であるともいえ、深海生物の理解なしには地球の生物圏の正しい姿は解明できないといえよう。それにも関わらず、深海底の堆積物の中に生息する生物の生態については未解明な点が多いままだ。

今回の研究の成果から、深海域においても巣穴の観察が可能であり、そして多様な巣穴が存在することが初めて明らかとなった。今後、同様の調査を積み重ねることで、深海底下の生態系の理解が大幅に進むことが期待されると、研究グループでは述べている。