科学技術振興機構(JST)と山口東京理科大学は10月24日、従来の能力を大幅に上回る新しいタイプの金原子触媒「Crown Jewel(クラウン・ジュエル:王冠の宝石)触媒」を開発したことを発表した。研究は山口東京理科大学の戸嶋直樹教授らによるもので、成果は英国時間10月23日に「Nature Materials」オンライン速報版で公開された。

触媒とは、少量を加えるだけで化学反応を促進させる物質のことで、グリーンケミストリの実現など重要な存在だ。金は安定であるため、これまで触媒活性のない金属として扱われてきた。しかし、最近の研究では金粒子を特殊な酸化物担体の上に付けたり、金粒子のサイズを極小化したりすると、触媒活性が高くなることがわかってきたのである。さらに、普通の金属では触媒活性の低い比較的低温での酸化反応にも、極めて有効であることが見出され、注目されている状況だ。

ただし課題もあり、金原子を酸化物担体などの基本となる固体の上に付けるには特殊な方法が必要で、さらに何個も金原子を付けなくてはならないため、コストの面から工業的な触媒として用いるには問題があったのである。

研究グループは今回、化学的手法で金原子をナノ粒子の頂点の位置につけるCrown Jewel触媒を用いて、従来にない高い活性を示すことを明らかにした。

このCrown Jewel触媒の調製法は極めて簡単で、母体となる金属ナノ粒子の頂点の原子が反応しやすいことを利用する(画像1)。原理は、金属ナノ粒子と少量の金イオンを溶液中で混合させるだけで、ナノ粒子状の金属原子と金イオンの酸化還元反応が起こり、ナノ粒子の頂点原子が金に置き換わるというものだ。従って、活性な触媒の工業的な大量合成も可能である。

今回の研究では、原子147個からなる直径1.8nmのパラジウムナノ粒子の頂点にある12個の原子を、金原子と置き換えたナノ粒子を作成した(画像2)。この構造は、「高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法」(HAADEF-STEM)と「電子エネルギー損失分光法」(EELS)で確認された。

画像1。Crown Jewel触媒は、王冠の宝石のようにナノ粒子の頂点に金原子が位置することから名付けられた

画像2。パラジウム原子147個からなるナノ粒子と、金イオンの反応による頂点金原子で飾ったパラジウムナノ粒子

このナノ粒子を「グルコース」の空気酸化触媒として用いたところ、高活性を達成することが確認された。これまでの研究では、金ナノ粒子はパラジウムナノ粒子よりも高い活性を持つことは確認されている。

具体的には、ナノ粒子を構成する全金属が触媒として活性に寄与する効率で比較すると、金ナノ粒子は6230mol-glucose/h mol-M、パラジウムナノ粒子は5190mol-glucose/h mol-Mとなる。これに対してCrown Jewel触媒では、19540mol-glucose/h mol-Mと両者の3倍以上の高活性を示した。

ここで注目すべきは、金ナノ粒子は金原子147個で構成されているのに対して、Crown Jewel触媒は147個の内の頂点の12個だけが金原子であるという点。そこで金原子1個当たりで比較してみると、Crown Jewel触媒は頂点以外の構成原子であるパラジウムの活性を差し引いても、金ナノ粒子の金原子1個に比べ31倍の活性となる。これを触媒の単位時間当たりの反応性を示す指標である「ターンオーバー頻度」でいうと、1時間当たり19万回となり、金ナノ粒子の6000回を張るかに上回るというわけだ。3倍どころか、30倍である。

また、これまでは金ナノ粒子のどこで触媒反応が起こるのかという活性点の位置がわかっていなかったのだが、今回のCrown Jewel触媒の結果により頂点の原子であることが推測されることとなった。

その一方で、Crown Jewel触媒では頂点金原子の隣に金原子があるよりも、パラジウム原子がある方が高活性であることも結果からわかる。考えられる理由は、金原子に隣接するパラジウム原子からの電子移動によって頂点金原子が負に帯電することが高活性につながっているというものだ。

さらに母体となるナノ粒子をパラジウム単独から、パラジウムとイリジウムで作ったものに替えて、同様に金イオンを反応させて調製したCrown Jewel触媒は、さらに触媒活性が高いことが判明。この組み合わせのCrown Jewel触媒では、1時間当たり触媒が64万回の反応に使われるというターンオーバー頻度となり、世界最高の驚異的な高活性を達成した。これらのことは、同僚のグルコースを酸化するのに必要な触媒中の金の量が現在知られている一番優れた触媒に比べても4分の1と大幅に削減されることを意味している。また、この反応ではグルコン酸がほぼ100%の選択率で生成する結果となった。

グルコン酸は食品添加剤として最も多く使われており、世界で年間6万5000tから10万tが製造されていると推定される。現在、グルコン酸はグルコースの発酵で作るために時間がかかっており、さらに複製生物も少なくはない(選択率が高くない)ため、精製にも手間がかかっている。

今回の成果は、グルコン酸を高収率、高選択率で製造することを可能としたもので、工業的にも高い価値があるのが特徴だ。さらに、Crown Jewel触媒は新しい高活性触媒の概念を提案したものであり、今後一般の触媒開発において新しい設計指針を与えるものとしている。

Crown Jewel触媒は室温での空気酸化反応に有効であることが期待できるため、空気清浄(消臭、シックハウス対策)など、生活環境下のごく微量の物質の酸化除去などのための触媒としても有効だという。今後は、工業的価値をさらに増すために触媒の母体となっているパラジウムをもっと安価な金属に置き換えることを進めるとする。また、それぞれの触媒反応に最適な物質要因としての金属種と母体金属の組み合わせを解明していくことも必要とした。