北海道大学(北大)などで構成される研究グループは、生物生産に不可欠な栄養塩が少ない熱帯・亜熱帯の海でどのように生態系を形成しているのか、造礁性サンゴの骨格の化学分析により明らかにできることを発見し、沖ノ鳥島サンゴ礁における栄養塩供給源を特定したことを発表した。同成果は、北海道大学大学院理学院の山崎敦子氏、同理学院研究院の渡邊剛氏、海洋研究開発機構の小川奈々子氏、同 大河内直彦氏、東京大学の白井厚太朗氏、東海大学の虎谷充浩氏、東京大学の植松光夫氏および北大大学院理学研究院の角皆潤氏らによるもので、「Journal of Geophysical Research - Biogeosciences(米国地球物理学連合学会誌)」に掲載された。

熱帯・亜熱帯の海は全海洋の75%以上を占めるが、生物生産に不可欠な栄養塩(生物の生育に必要な元素:窒素、リン、ケイ素)が少ない貧栄養海域で、栄養塩の観測に困難が伴う。しかし、熱帯・亜熱帯域に分布するサンゴ礁は、そうした環境ながら豊かな生態系を育んでおり、今回の研究では、サンゴをはじめとするサンゴ礁の生物が取り入れる栄養塩がどこから来ているのか、サンゴ骨格の化学分析から明らかにすることを試みた。

サンゴ礁の分布(緑色)と海洋表層の硝酸濃度の分布。サンゴ礁は硝酸濃度が低い(白い部分)に分布している

具体的には、サンゴ骨格に微量に含まれる有機物の窒素同位体比に着目し、その測定法を開発した。主要な栄養塩の1つである窒素の化合物はそれぞれ固有の窒素同位体比組成を持っているため、サンゴ骨格の窒素の起源物質が特定できれば、その起源物質の窒素同位体比の変動をサンゴ骨格から読み取れると考えたというわけである。

実際に、石垣島の白保サンゴ礁・轟川河口において、サンゴの主な窒素起源物質と考えられている海水中の硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比の分布を比較した結果、両者の分布が一致することが確認された。

石垣島白保サンゴ礁・轟川河口の海水硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比分布

この結果は、過去に形成されたサンゴ骨格の化学分析から、海水中に含まれる硝酸の起源を調べることが可能であることを示唆するもので、研究グループではさらに日本最南端の沖ノ鳥島のサンゴ骨格を用いて、窒素同位体比の季節変動を調査した。

沖ノ鳥島は外洋の孤島であり、陸からの栄養塩供給がないため、サンゴは相当な貧栄養の状態で生息していると考えられる。実際に沖ノ鳥島サンゴの窒素同位体比を測定した結果、低水温の時に窒素同位体比が高くなり、高水温の時に窒素同位体比が低くなる傾向が見られ、この結果から沖ノ鳥島では低水温のときに、海水の混合が起き、栄養塩が豊富な海洋深層から表層へ、窒素同位体比の高い硝酸が運ばれていることが判明した。

また、沖ノ鳥島を通過する台風が海水を撹拌し、栄養塩が湧昇する可能性も示されたほか、高水温(貧栄養状態)のときには、海洋表層で窒素固定が活発化し、表層の硝酸の窒素同位体比は低くなることも判明したことから、これにより、沖ノ鳥島のサンゴ礁では栄養塩が少ない状態でも生物生産が可能なシステムが存在することが分かった。

沖ノ鳥島サンゴ礁の硝酸供給過程の模式図。有光層より深くなると栄養塩は豊富になる。低水温時には表層水と深層水が混合するが、高水温時は表層を暖かい海水が覆うため、栄養塩が供給されない。その結果、表層の海水硝酸の窒素同位体比が変化し、その同位体比がサンゴ骨格に記録されると考えられる

造礁性サンゴの群体は数百年間の間、生息環境を骨格に記録しており、今回の技術を用いることで、栄養塩の観測記録が少ない海域や時代の情報が得られることが期待できるようになるという。

海洋表層の栄養塩濃度は生物生産をコントロールし、大気中の二酸化炭素の濃度にも大きな影響を及ぼすことから、海洋における栄養塩濃度の推移と気候変動との関係をサンゴ骨格記録から明らかにできる可能性があると研究グループでは説明している。また、近年、人為起源の栄養塩負荷によるサンゴ礁の衰退が懸念されているが、サンゴ骨格の窒素同位体比から、サンゴ礁を汚染する物質の起源を特定することで、サンゴ礁汚染対策の手助けになる可能性もあるという。