兵庫県立大学、茨城大学、理化学研究所の3者は10月17日、大型放射光施設「SPring-8」を利用して、酵素タンパク質の1つである「酸素耐性膜結合型[NiFe]ヒドロゲナーゼ」のX線結晶構造解析を実施し、る同タンパク質の立体構造を確認したことを共同で発表した。[NiFe]ヒドロゲナーゼとは、多くの微生物が持つ、水素の合成や分解を司る酵素のことで、Ni-Fe(ニッケル・鉄原子)が機能上重要な役割を担っている。兵庫県立大学大学院生命理学研究科の樋口教授、庄村助教らと茨城大学農学部の西原准教授らの研究グループによるもので、成果は「Nature」電子版2011年10月16日付(日本時間17日午前2時)の号に掲載された。

人類が燃料電池の原型を考案したのは19世紀半ばであるといわれているが、太古より多くの微生物は、水素から生育に必要なエネルギーを取り出したり、それとは逆に余剰なエネルギーを水素として放出したりするシステムを獲得して利用してきた。

ヒドロゲナーゼは、そのシステム中で中心的な役割を担うタンパク質で、1930年代にその存在が明らかになってから、燃料電池や水素合成への応用も含めてさまざまな視点から研究が進められてきた。

いくつかのタイプが知られているヒドロゲナーゼは、一般的に酸素がない場所で働いているものが多く、最もよく研究されてきた「標準型」と呼ばれるものは、酸素によって機能が損なわれるという大きな問題があった。

しかし、最近になって「膜結合型」と呼ばれるヒドロゲナーゼは、人が生活している環境のような高濃度の酸素存在下でも機能することがわかってきており、その仕組みを明らかにすることに大きな関心が寄せられているという状況である。

今回の研究では、酸素が存在する環境(好気的な環境)で水素を酸化し、生育するためのエネルギーを作り出す能力を持つ好気性水素酸化細菌の一種である「Hydrogenovibrio marinus」(ヒドロゲノビブリオ・マリナス)のヒドロゲナーゼの酸素耐性に着目し、X線構造解析が実施された。

研究グループは膜結合型ヒドロゲナーゼの結晶化に成功したことから、SPring-8の生体超分子複合体構造解析(大阪大学蛋白質研究所)ビームライン「BL44XU」および構造生物学Iビームライン「BL41XU」を用いて、X線結晶構造解析を実施(画像1)。なお、タンパク質のような小さな物質の機能や仕組みを明らかにするためには、X線結晶構造解析によって決定された立体構造は有用な情報となる。

画像1。膜結合型ヒドロゲナーゼの全体図。結晶構造解析の結果、膜結合型は2つのヒドロゲナーゼ分子が複合体を作っていることが判明した。左側の分子は黄色のみで示し、右側の分子は紫、青、水色で示している。それぞれの分子は、水素が分解される部位と3個の鉄-硫黄クラスタを持つ。水素はタンパク質内部で分解され、決まった通り道を経て、タンパク質外部へと移動する。酸素のある状態とない状態を比較して、特徴的な構造の違いが観測された部位(画像2参照)を赤色の点線で囲んだ円(*)で示してある

今回の酸素耐性ヒドロゲナーゼの立体構造解析は、それ自体が世界初の成果だが、研究グループではさらに膜結合型ヒドロゲナーゼが酸素にさらされる過程において、一部に特徴的な構造変化を起こすことを見出した(画像2)。この構造変化は、水素を分解する反応が起こる場所から少し離れており、水素から発生した電子が移動する経路の途中で起きたことが判明している。

画像2。特徴的な構造変化が見られた部分の拡大図(画像1の赤い円を拡大したもの)。オレンジ色は鉄、黄色は硫黄、青色は窒素、赤色は酸素、灰色は炭素のそれぞれの原子を示す。酸素がある状態では、AとBの2つの構造が、酸素がなく水素がある状態ではBのみが観測された

水素が分解される場所はタンパク質の奥深い内部にあり(画像1)、標準型ではそこに酸素がつくことによって機能が損なわれると考えられてきた。今回研究グループが観測した膜結合型の構造変化を考慮すれば、ついた酸素が速やかに水に分解されるという説をうまく説明することができ、この現象は膜結合型が酸素のある環境でも機能する仕組みと深く関係していると考えられている。

ヒドロゲナーゼが触媒する水素分解や水素合成のメカニズムについてはまだ不明な点が多く、その巧妙な仕組みを理解できれば、より効率的な水素エネルギー利用に関する研究・開発に重要な情報を提供するという。特に今回の成果は、ヒドロゲナーゼの酸素による機能の損失を克服するための重要な知見であるとともに、この情報を基にした新たな合成触媒などの開発につながり、水素をエネルギーとして利用するための研究ブレークスルーとなることも期待されているとした。